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黄緑ポストの前で赤面する。

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西尾の町で用事を済ませたわたしは駅に向かった。
駅にはその町の観光案内があったりする。
古い町並みが残る西尾には見るべきスポットが点在していたが、わたしは黄緑色の郵便ポストが気になった。
窓口の女性に場所を尋ねてみると、バイクなら駅から5分とかからないという。早速現地に向かうと、意外とこれが目立たず、あっさり通り過ぎてしまったらしく、カテキン堂で大判焼きを買った際にもう一度場所を尋ねて、お目当ての黄緑色を発見できた。
このポストは実際に使用可能だそうである。

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手元にはカテキン堂で貰ったポストカードがあり、バッグがボールペンがあった。
ハガキを書いてコンビニで切手を買えば、「旅先からの投函」ができる。
「黄緑のポストから投函しました」という一文を添えれば、多少の興味はひけるかもしれない。

大判焼きを食べながら、貰ったばかりのポストカードを見ていたら、蛇口の栓が開いたように唐突に記憶の管から一枚のポストカードが流れ落ちてきた。

あれは軍艦島のある長崎まで関東から片道3日かけて向かった9日間の夏旅行のときのことだ。
わたしは旅先に1泊するごとにある女性にハガキを出した。
その地で買ったポストカードをその地の郵便ポストでその日に投函する。
観光地の長崎や尾道でポストカードを買うのは容易いことだったが、初日の宿をとった四日市は観光地ではなく、工業都市だったのでいきなりポストカードの調達に苦労した。
文具屋をいくつか周り結局、暑中見舞い用のハガキを買った。
わたしが旅先で投函するのと同じように、相手もわたしに毎日ハガキを書いていた。
送り先はわたしの自宅である。
わたしが旅から戻るころには自宅の郵便受けに何枚ものハガキが届いている、それが楽しみだった。
ハガキは実際届いていた。わざわざ買いにいってくれたと思しきポストカードもあった。
ただその中で、わたしの印象に残っている1枚はダイレクトメールだ。
どこからか届いたダイレクトメールの宛先を修正液で雑に消し、その上からわたしの住所と名前を書かれていた。こんなものがよく配達されたものだと感心するぐらい「みにくい」ハガキだった。
手紙は広告の余白に書かれていた。
正確な文章は忘れてしまったが、言わんとしたことはたぶんこんな内容だ。

旅の書簡は旅をしている側にとっては楽しいものだろうし、それを貰う側にとっても突然の便りは意外性があって嬉しくもあるが、動いている君へ動いていないわたしからハガキを書くのはやってみたらけっこうバカバカしいことだと思える。なぜなら旅の道中にある君には毎日発見も感動もあるだろうが、わたしの日常には毎日手紙に書くようなことなど何も無いからだ。


西尾の町で大判焼きを食べながら、あのとき彼女が言っていたことは正しかったな、と思った。
旅先の夜は長い。
旅先の昼下がりは幸福なぐらい時間がゆったりと流れる。
その分、己と対峙する時間も長くなるから、ふと予告もなく物悲しさに襲われることもある。
しかし旅をしながら、どこかで繋がっていたいと思う心細さなど、しょせん簡単に見透かされたのだろう。
恥ずかしいかぎりだ。

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by tabijitaku | 2010-05-29 11:30 | 私が私であるための1973枚


中庭、それは外。でも内側


by tabijitaku

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