中島みゆき「二隻の舟」とマッチ棒

中島みゆきの「二隻の舟」は解釈をいくつくも持った名曲だと思う。
歌詞を2番から抜粋してみる。

お前とわたしはたとえば二隻の舟
暗い海を渡ってゆくひとつひとつの舟
互いの姿は波に隔てられても
同じ歌を歌いながらゆく 二隻の舟
時流を泳ぐ海鳥たちは
むごい摂理をささやくばかり
いつか千切れる絆見たさに
高く高く高く
 
敢えなくわたしが波に砕ける日には
どこかでお前の舟がかすかにきしむだろう
それだけのことで わたしは海をゆけるよ
たとえ舫い綱は切れて 嵐に飲まれても
きこえてくるよ どんな時も
 
お前の悲鳴が胸にきこえてくるよ
超えてゆけと叫ぶ声が ゆく手を照らすよ
 
お前の悲鳴が胸に聞こえてくるよ
超えてゆけと叫ぶ声が ゆく手を照らす

難しいこと望んじゃいない
有り得ないこと望んじゃいないのに






マッチ箱の中から「不良品」が出てきた。
火をつけることはできる。
たぶんそれは2倍の勢いで炎を放つだろう。
では何が問題なのかと言えば、わたしがそれを使う気になれないことで、それはもちろんマッチの製造会社の問題でも「マッチ達」の問題でもないのかもしれない。

「二隻の舟」は、2つの舟の距離間を明確にしていない。
「わたしの舟が波に砕けるときに微かに相手の舟が軋む程度」としか書かれていない。
二隻の舟の正確な距離はわからないが、「ふたり」の間の距離は相手の悲鳴が「耳」ではなく、わたしにとっては「心」で届く距離。
この詩の解釈がわかれるのは、クライマックスのリフレインだろう。
残された最後の数行を紹介したい。



 

風は強く波は高く 闇は深く星も見えない
風は強く波は高く 暗い海は果てるともなく
風の中で波の中で たかが愛は木の葉のように

わたしたちは二隻の舟 ひとつずつの そしてひとつの
わたしたちは二隻の舟 ひとつずつの そしてひとつの
わたしたちは二隻の舟






「わたしたち」は結局のところ、「ひとつづつ」なのか、それとも「ひとつ」なのかは、わからない。
けれども、わたしはその不良品のマッチ棒を見つけたとき、「ああ、二隻の舟だ」と瞬間的に思った。
二隻のマッチ棒は、繋がっていた。

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※言うまでもなく青字部分が中島みゆきの「二隻の舟」の歌詞です。抜粋させて戴きました。
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by tabijitaku | 2007-05-20 20:53 | 雑文


中庭、それは外。でも内側


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