親友ランチ
学生時代、わたしは町の洋食屋でアルバイトをしていた。
わたしの仕事はウエイターだった。
テーブルマナーなど何もしらない無知な学生だったから、ナイフの並べ方も、皿の下げ方もすべて一から学んだ。
店のマスターは無骨なひとで、深く事情は知らないが、指が1本無かった。
店の自慢の1つは何日も時間をかけて作ったデミグラスソース。
その客が何を注文したかは憶えていないが、彼はデミグラスソースがたっぷりかかった料理皿を、真っ白にして返してきた。
ロールパンで全てのソースをキレイにぬぐったのだ。
わたしはやっぱり無知だった。
客のとった行為が、アイスクリームの蓋の裏についたアイスを舐めるような品の無いふ振る舞いに思えたのだ。
しかし、まるで洗ったばかりのような真っ白になって返ってきた皿を見たマスターは、「嬉しいなぁ」とひと言だけ言って涙をこぼした。
店のバイトは賄い付だった。
わたしにとってはこれが楽しみだった。
最初のうちはマスターが作ってくれたが、そのうち店にいた調理人のバイトが作るようになった。
彼はよくわたしに「何が食べたい?」と聞いてくれた。
やがて、彼はわたしのただひとりの親友になった。
友達になってから、彼はときどきプライベートでもわたしに料理を作ってくれた。
わたしの好きなクリームコロッケやかき揚げを冷凍庫に入るだけ、たんまり作ってくれた。
わたしが一人暮らしを始めたばかりの頃である。
きょう、その彼の作る料理を久々に食べた。
場所は彼の店である。
片道1時間、高速道路を使って、わたしは彼の店に足を運んだ。
デミグラスソースを食べてみたかったので、ビーフシチューを頼んだ。
お皿の端っこに頼んではないコロッケが載っていた。
コロッケをフォークで割ると、淡い黄色のクリームが出てきた。
カボチャ味で、クリームの中にはモッツァレチーズが入っていた。
ライスかパンを選べたか、迷うことなくわたしはパンを注文した。
ロールパンだったらいいな、と思ったが出てきたパンは残念ながら焼いたフランスパンだった。
西洋料理店でアルバイトを始めたばかりの頃、わたしは一度マスターの作った賄いを残したことがある。
そのとき友人はキッチンからサランラップを持ってきて、わたしの残した料理をキレイに包んで、こう言った。
「これはマスターがあなたの為に作ってくれた料理だから」
わたしは持ち帰った賄いを翌朝、家で食べた。
友人の作ったビーフシチューはとても旨かった。
肉はトロトロで、ソースは懐かしい味がした。
わたしはフランスパンを小さく千切って苦労しながら、ソースを拭って食べた。
何ども何度もソースを拭ってみたが、皿を完璧に真っ白にすることはできなかった。
いっそ、舌でなめ回してやろうと思ったが、さすがにそれはできなかった。
近いうちに、わたしはもう一度この店に行くつもりでいる。
わたしは自分では料理を作らないが、本当に美味しいもを見つけたときは、本当に好きなひとにたべさせたいと思う。
【505/1973】
by tabijitaku
| 2008-10-26 23:41
| 私が私であるための1973枚