【ショートストーリー】砂の音
その店では紅茶を頼むと、ティーセットと一緒に青い砂の砂時計が運ばれてくる。
「砂が全部落ちた頃が飲み頃ですよ」
店の女主人が言葉を添える。
彼は巨大な砂時計を想像していた。
それは給水タンクを縦に二つ重ねたようなビッグサイズだった。
上のタンクには砂漠のような砂があって、その中央に蟻地獄の罠のような小さな穴があいている。
穴はいまは小さいけれど確実に拡がってゆく。
こんなふうに時間の尺度を貰えたら、待つのも楽かもしれない、彼はそう思った。
「紅茶をおいしく飲むコツは紅茶の言葉をよく聞くことです」
女主人が優しく話しかけた。
「紅茶の言葉?」
「待っていてね、という紅茶の気持ちです」
「…相手がもしそう言ってくれなかったら?」
「そういうときは砂の音を聴くのです」
「砂の音?」
「人生は確実に歳をとります。耳をすませば、貴方にも砂の落ちる音が聴こえるはずです」
「でも僕にはムリだ」
「あら、どうして?」
「生来、ひとを待てないタチなんですよ」
「待てなかった自分を後悔する時間は、もしかしたら待ち時間より長くなるかもしれませんよ」
彼は紅茶をお代わりする。
やがてテーブルには新しいポットと新しいカップが運ばれてきた。
そしてテーブルに置かれた砂時計逆さにすると、女主人はこう言った。
「砂が全部落ちた頃が飲み頃です」
by tabijitaku
| 2009-03-22 07:51
| ショートストーリー