カテゴリ:雑文( 33 )

My father is my mother.(わたしの父はワガママです)

あまりの暑さに家にいる時間の半分以上は上半身裸で過ごしている。
きょう車で走っていたら、こんな貼り紙を出している雑貨屋を見かけた。

「暑さに負けない!50%OFF閉店セール」

暑さ、には負けなかった、ていうことなんだな。
時代の荒波には負けたのかもしれないけど。

さて、ひさびさに写真なし、挿絵なしの文章のみの投稿。
題して週間実話。

窓口にて、受付のお姉さんがよく通る声で「お父様、お父様いらっしゃいますか?」と呼び出していた。
すると、いかにも「お父さん」風の中年男性が受付に現れてヒトコト。
「はい、オトウです」
この方の家族はもちろんぜーいんオトウ様。

食卓を想像すると愉快だ。
「オトウさん、醤油取って」ってお母さんが言ったら、一瞬みんな反応したりするんだろか?

親戚の結婚式のスピーチなんかも紛らわしいだろうなぁ。
「では、ここで新婦の叔父でございます、オトウ様よりご挨拶がございます」
「え〜、わたしのお父さんはオジサンだったの!お母さん、本当のことを教えて」(←これはない)

家族でちょっとゼータクな温泉旅館かなんかに泊まったりした日は…
「ようこそ、オトウ様一同」

迷子のアナウンスは、聞いたひとが確実に「えっ?」てなるだろう。
「迷子のお知らせです。赤いシャツに緑の半ズボンを履いたオトウちゃんが迷子になっています。オトウちゃんのお父様かお母様、至急1階のサービスカウンターまでお越し下さい」
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by tabijitaku | 2010-07-25 00:11 | 雑文

サイレン

外から聴こえてくる声が気になってしかたない。
午前十二時。子どもの泣き声が聞こえる。
最初は野良猫だと思ったが、そうではない。
ハッキリとした声でこう言っている。
「誰か助けて」
裸足でベランダに出た。
ここは13階。
眼下には住宅街が広がる。
声はこの集合住宅の中からではないような気がした。
叫び声はもう10分間ぐらい続いている。
よーく耳をこらして聞いてみると「誰か助けて」と後に続けてこう言っている。
「寂しいから」

そして鳴き声が止んだ。
あと5分、いやあと3分声が続いていたら、あるいは警察に電話をかけようかと思った。
ずっと聞こえていた声が急に止まると余計に怖い。
沈黙に耐えかねて思わず携帯電話に手が伸びる。
ああ、留守番電話だ。
遠くでサイレンが鳴っている。
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by tabijitaku | 2008-10-07 00:33 | 雑文

関白上司宣言

昨日、わたしの職場で総務部長が勇退された。
今後は経理部長のわたしが総務を兼任することになる。
非常に誤解を招きやすい方で、職場の若いスタッフとはまるでソリが合わなかったけど、わたしより遙かに年長者の彼の存在はわたしにとって大切だった。

退職の前日になっても色紙の寄せ書きも記念品の贈呈の話もわたしの耳元に届いてこなかったので、仕方なくわたしがデリバリーの花束を手配し、「部長が辞めるときは玄関まで見送ってしっかり頭を下げろよ」と何人かの社員には事前に話しておいた。
嫌がる社長に花束を持たせ、社長が部長を感謝の気持ちで見送る形を作った。

花束がかさばるので、部長を自宅まで車で送った。
「何年働きましたか?」とわたしが車中尋ねると、「最初に勤めた会社から数えると34年です」と彼は答えた。
ウチの会社には4年いたという。
入社8年目のわたしに対して、彼は同じ部長職でありながら、単に敬語を使うだけでなく、常に立ててくれていたようにうに思う。
「何もできませんでした」という彼の言葉は、わたしだけの耳にとどめた。
悔いも残せない男は男としてはむしろ恰好悪い。
悔いは志の残骸であり、恥では無いとわたしは思いたい。

さて朝からしみったれた文章になってしまった(昨夜は綴る体力がなかった)

気分一新。
替え歌を(なんで?)
求人でパートさんの部下が1人増えたわたしの心情を名曲「関白宣言」のメロディにのせて。

「関白上司宣言」

お前を部下にもらう前に 言っておきたい事がある
かなりきびしい話もするが 俺の本音を聴いておけ
俺より先に退社してはいけない
俺より後に出社してもいけない(そんなこと言うわけないよ)
めしは早く食べろ いつもきれいでいろ
出来る範囲で かまわないから
忘れてくれるな 仕事もできない上司に
会社を守れる はずなどないってことを
お前にはお前にしか できないこともあるから
それ以外は口出しせず 黙って俺についてこい(でも少しは考えろ)

お前の仕事と俺の仕事と どちらも同じだ大切にしろ
給湯室でもかしこくこなせ
たやすいはずだ愛すればいい
人の陰口言うな聞くな
それからつまらぬシットはするな
俺は病気はしない たぶんしないと思う
しないんじゃないかな
ま、 ちょっと覚悟はしておけ
幸福(しあわせ)は社員で 育てるもので
誰かが苦労して
つくろうものではないはず
お前はこの会社へ 気持ち新たに来るのだから
戻る場所はないと思え
これからここがお前の会社

続き
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by tabijitaku | 2008-02-01 09:18 | 雑文

悪寒のち予感

朝、出社したらいるべき社員が1人いなかった。
無断欠勤。
言葉にすればサボタージュになるが、それなら別によかった。
わたしが金曜の夜11時に会社を出たとき、彼はまだまだ仕事
モード全開という雰囲気だった。
タイムカードを見たら退社時刻はなんと午前2時48分(おいおい)

彼の携帯に電話をしてみた。
繋がらない。

次にこの3連休で彼と連絡をとらなかったか、他の社員に聞いてまわった。
連絡をとっていたのはただ1人で、それは社長だった。

「土曜の晩にメールしたんだけど、いつもなら必ず返信あるのに
無かったんだよ」

一瞬、全身に悪寒が走った。

アイツの自宅に行ってきます、社長に告げ
彼の履歴書をひっぱり出した。
携帯ではなく家電が載っていたので、念のためにと思って
電話したら、最初に聴こえてきたのは「すみません!」だった。

終わってみればただの寝坊であったが、
あまりにもホッとしすぎてしまい怒る気にもなれなかった。

四連休をジャマしてごめんね♪

という嫌みを言うのがせいいっぱい。

しかし悪寒は消えなかった。
なんかすんごい寒いぞ、と思ったとき
自分が風邪のひき始めているのことに気づいた。

身体の節々が痛い。
だるい。
昼飯のハンバーグ&サイコロステーキランチは半分食べて
もうそれ以上、胃が受けつけなかった。

きょうはよりによって、わたしが招集をかけた全体会議がある日で、
これにわたしが穴を開けるワケにはいかない。
きょうの全体会議の狙いはスタッフの「ガス抜き」にあった。
現状、うまくいってないこと、不満なこと、不安なことを
全員にしゃべってもらおう、と言い出したのは社長である。
不満が爆発してにっちもさっちも行かなくなるのでは?とわたしは
心配したが、そうはならなかった。
ガスがどんどん抜けてゆくのが目に見えてわかった。
さすが、経営者だと思った。

きょうは早めに帰宅し(と言っても自宅に着いたら10時を回っていたけど)食欲はなかったが、胃に食べ物を入れた。
パン食より米を、という言葉を思い出し、今晩は餅。
今年初めて食べる。
他にも野菜ジュースだとか、にんにくだとかを口に入れたが
何だか今晩あたり吐きそうな気がする。

明日も、明後日も、とにかく今週は休めない。
正念場なのだ。

かぁ〜〜〜まいるゼ。

俺のガスは誰が抜くのさ、ハハハ♪

…歌ってみたところで、寒気が増すばかり。

人のフリ見て我がフリ直せ。

きょうのミーティングはわたしにとってもプラスだった。
発見があったのである。

破綻してないことが負担なんだ、ということ。

一見、何ひとつ破綻せずにわたしは1年を終えようとしている。

それがわたしの負担。

あんなにヒビが入ったのに、わたしは壊れなかったし崩れもしなかった。

働くということについて言えば、むしろいろんなことがクリアになってしまった1年だったと自己分析。

昨日の晩、唐突に思ったのだが、わたしに必要なのは楽しいことを伝えたい人間よりも、ホントは思いっきり醜さや汚さやウジウジとした弱さを晒せる相手だった。

だってオレは「旅じたくさん」じゃないもの!

身体を襲う悪寒の中、悪くねーな、と思える予感が1つある。

ああ、本を読みたい。

もっともっと本を読んで、自分でも文章を書いてみたい。

ザマーミロって言葉は「様」を見ろって事なんだろうか(たぶん違うだろうけど)

だったらむしろ「ザマを見せてやりたい」気分だね、いまは。

まずは風邪治そう。

シャレにならん。
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by tabijitaku | 2007-12-25 23:14 | 雑文

教科書の血

「30分ぐらいドライブして戴ければ大丈夫ですよ」

この言葉にピンとくる方は、もしかしたら今夜のわたしと同じ失敗を
経験された方かもしれない。

スモールランプの消し忘れで車のバッテリーが上がってしまった。
JAFを呼ぶ。
放電の時間がわりと短かったため「軽傷」で済んだ。
30分ぐらい走れば充電されますよ、と言われる。
時間は午後の9時半だった。
自宅まで10分の距離での出来事だったが、仕方なく夜の町を宛てもなく走り始めた。

生活圏内を出て、なるべく知らない道、知らない地名のほうへ走った。
走りながら、遠い過去に同じように知らない道を、知らない方向へ走ったことが
あったことを思い出した。
わたしはかつて一度だけで無断で会社を休もうとしたことがある。
朝、家を出て会社へ向かわなかったのだ。
会社とは逆の方向へ原付を走らせた。
「休もうとした」と書いたのは、それが未遂に終わったからで、わたしは結局その日
3時間ほど遅刻して出勤した。
上司はわたしを一切咎めなかった。

無闇やたらと知らない道を走っていると、やがて知っている場所に出てしまう。
気がつくとわたしは西武遊園地の前にいた。
ここはわたしにとってパラレルワールドの町だ。
うちの一家が東京から埼玉に引越すとき、この町へ越してくるという案があった。結局は違う土地へ越したのだわけだが、もし違う土地で暮らし、違う学校に通っていたら、その先出逢う人間全てが変わり、進む道も変わっていたかもしれない。そう思うことがある。

「30分ぐらい」と言われたが、半分の15分で引き返すことができなくなっていた。

途中、再び見覚えのある通りに出て、わたしはまた思い出してもしょうがないことを思い出してしまった。

学生の頃、短期間だが本屋でアルバイトをしたことがあった。
本屋と言っても、売り場に立つ仕事ではなく、教科書の梱包と配送という肉体労働だった。配送は店長が車を運転する。わたしたちアルバイトはワゴン車に同乗して、学校に着いたら教科書を運ぶのが仕事。
その配送のときにたぶん通ったであろう道を今宵走ったのだ。
道の記憶は脳ではなく、身体が憶えている感じがする。

新品の教科書をわたしは一度血で汚してしまったことがあった。
ページの紙で指先を切ったのだ。
「あっ」と思ったときには、白いページに赤いシミがひとつ付いていた。
歴史の教科書だった。
店長に言わなくちゃ、と思ったのだけど、配送の時間が迫っていてわたしはそれをとうとう言い出せなかった。

それを10年経ったいまも憶えているということは、罪悪感のせいなのかもしれないが、
それよりも湧き出る古い記憶そのものが、指先からポコリと浮かび上がった血のように思える。

宛てのないドライブを1時間半、車のバッテリーは充電できたと思う。
ただ、わたし自身はどちらかと言うと放電してしまったような気がする。
奇妙な夜だ。
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by tabijitaku | 2007-10-21 01:42 | 雑文

私だけでしょうか?(だいたひかる風に)

郵便局の窓口で、たまたま隣にいた男性の声が聞こえてきた。

「マルタ島に海外郵便を出したいんですけど」

マルタ島と聞いて、どこかで聞いたことがあるな、としばらく考えていたが、たぶん村上春樹の小説だと思う。そんな名前の登場人物がいたはずだし、もしかしたらマルタ島そのもが舞台になった話があったかもしれない。
まったく見ず知らずの男性だったけど、一瞬彼と友達になりたいな、と思ってしまった。

郵便局(ゆうちょ銀行というのか)で下ろしたお金を銀行へ運ぶ。
駅前の都市銀行。
ATMの前でご婦人が警備員ともめている。
声が大きいから嫌でも耳に入る。

「入り口と書かれてあるだけで、出口とはどこにも書いてないじゃない!」

出口とは書かれていないので列の「入り口」から出ようとしたご婦人が、入り口からATMに向かおうとした別な客と衝突して警備員に注意された。そんな話だった。
前の台詞は注意を受けた後の台詞。
銀行の支店長が呼ばれる。
婦人は「こんな扱いは我慢ならない。おたくに預けている全ての口座を解約させてもらおうかしら」と言っている。


ふーん、すれば


と思ったが、もちろん口にはしなかった。
これは不遜だ無礼だと叩かれているあのボクサー一家の話や、舞台挨拶でふれくされた態度をとったあの女優の話と何ら変わらない。
ネチネチと文句を言い続ける婦人の声は耳障りで、火に油を注ぐような誠意を欠いた支店長の謝り方も目障りだったが、耳をふさいで目をそむければ済むことだ。

本当に面白いモノは無意味でも面白い。
面白くもないモノに無理ヤリ意味を持たせて、あーでもないこーでもないと騒いだところで、どうせ時間が経てば何も残らない。それは面白かったのではなく、面白がっていただけだから。

わたしには婦人の正論も、支店長の謝罪も意味は無い。
それより、マルタ島に手紙を出している彼の話のほうがきっと面白いに決まっている。

テレビを見ていると、最近「国民」という言葉がやたらと出てくる。
政治の話だけでなく、何かと言うと「国民は怒っている」だの「国民の皆様のために」などと連呼している。

「義憤(ぎふん)」…こんな間違った事があっていいものかと、世のため人のために憤慨すること。

わたしにはほとんどのひとは「世のため」でも「ひとのため」でもなく、単に「怒りたがっている」だけのように思える。
「国民は怒ってます」なんて言われると、ついつい「え…じゃあ俺もかい?」と思ってしまうのは私だけでしょうか?
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by tabijitaku | 2007-10-18 22:44 | 雑文

チキンの照り焼きの作り方

先週、わたしは初めてチキンの照り焼きを作った。

ことの発端は、仕事帰りに会社の社長に「今晩、ウチで飯を食え」と言われたことに始まる。
相談がある、と言われた。
あり合わせのものでいいか?と社長が用意してくれた晩ご飯は、海草のみそ汁、炒り卵にチキンの照り焼きだった。
実に手際よく、炊飯器のスイッチを入れてから、30分後には食卓に料理が並んでいた。
台所に立っていた時間は、その半分もない。

「お前、明後日誕生日だろ?」
「はい」
「今月金無いから、今度な」
「はい」
「悪いな」
「いえ」

晩飯を食べ終えた頃、もう1人呼ばれていたわたしの後輩が、出張先から直接、社長宅に到着。
社長は彼と仕事の話を始めたので、今度はわたしが彼のために夕飯を作ることになった。
メニューはもちろん同じである。
みそ汁はまだ余っていたので、チキンを焼いて、卵を炒るだけだ。

「冷凍庫からチキンを出して、レンジに入れろ。600Wに設定して6分…いた7分にしよう。」


わたしは料理本の類を読んだことはないが、たぶん料理本を読むよりわかりやすい説明だったと思う。

社長と後輩の話の「つなぎ目」を見て、次の行程の指示を仰ぐ。

「フライパンに油をしいて肉を焼く…火はそれじゃ強いな」


焼き目を付けるためにやるんだ。チキンに両面に焼き目が付くとより旨くなる、と言われた。
うん、確かにそうだった。

「料理酒とみりんは適当でいい。さっき見てただろ?ドバドバといれろ。…これで粘り気がつく」
「次に醤油ですよね?」
「醤油は俺が見てるからストップって言ったら止めろ」

わたしが醤油を入れると、すぐにストップがかかった。
醤油は酒やみりん程量を入れなかった。

ほどなく香ばしい香りがしてきた。

「これ、いつまで火を通せばいいんですか?」
「水分が飛ぶまで」
「火は通ってる。最初にレンジ入れたろ」
「そうっすね」
「そろそろ、みそ汁温め直したほうがいいんじゃない?」
「そうっすね」

わたしの作った(?)チキンの照り焼きは少なくとも見た目はバッチリだった。
味も後輩は「ウマイっす」と言っていた(まぁ、マズいとは言えんわな)

「いいか、人間はひとに訊いて学ぶことで、チキンの照り焼きだって作れるようになるんだぞ」
朝4時過ぎに後輩と社長宅を出るまでに、わたしのチキンの照り焼きは何度も引き合いに出された。社長は途中から酔っていた。わたしと後輩は珈琲を飲んでいたので素面である。

社長は先週、この日を含めて少なくとも2回は朝まで飲んでいたので、金曜日は会社に来なかった。ただわたし宛に電話が何回かあった。
最初の電話が「誕生日おめでとう」で、その後3回は仕事の話、最後の1回は「今晩、池袋でパーティやろうぜ」だった。
パーティの話は固辞した。
家に着くと、携帯のメールに「誕生日おめでとう」という一文メール入っているのに気づいた。
部下から貰った贈り物の中身はつぼ押しと変な御菓子だった。
わたしの帰宅を狙っていたかのように、京都の弟から宅配便が届く。
中身はBEAMSのセーターで、ご丁寧に「着方」のアドバイスまであった。

「何やら忙しそうだけど、今が男の勝負時!気合いで乗り切りましょう!」
同封されていたクワガタのポストカードの最後にそう書かれていた。
最近の彼は社長と似たようなことをいう。

両親からは揃って翌日1日遅れのメールが届く。
13日は叔母の命日だ。
14日は別な伯母の誕生日。
叔母は10年以上前に亡くなった。
わたしと伯母の誕生日のどちらとも重ならないように死んだ。
わたしが見舞いにいったとき既に意識不明の状態だった。
13日に亡くなったと聞いたとき「あなたの誕生日と重ならないように叔母ちゃん頑張ってくれたんだよ」と言われたが、いま思うとそれだけではなかった気がする。

父にとっては、わたしの誕生日は実の妹の命日と否が応でも一緒に思い出すのだろう。

33歳の1年間はいろいろ学ぶ年ではあった。
33歳の最後に学んだのがチキンの照り焼きの作り方となった。
来年は南蛮焼きを覚えたい…というほど料理に対する探求心はないので、誕生日と正月以外に「おめでとう」と言ってもらえる1年にしよう…と少なくとも今は思っている。
以上。

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※復習しました。
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by tabijitaku | 2007-10-14 02:57 | 雑文

旅から戻って数日間のこと。

夏旅で疲れたバイクを、行きつけのバイク屋さんに持っていく。
エンジンオイルを交換し、更にブレーキパッドとブレーキディスクを換えてもらうことにした。ブレーキパッドは前と後ろ1個づつ余分に注文してもらい、次回交換分も確保しておく。

しばらくぶりに都内に出て、キャノンのサポートセンターでデジカメの撮像素子のクリーニングをしてもらう。
秋冬のスーツを2着新調し、ついでにワイシャツも2枚作ってもらう。
シャツは何というか知らないけど、襟元だけ白いデザインのものにした。
前から一度着てみたいと思っていたので。
今回は全て色は茶系にし、細かいデザインは馴染みとなった店員さんのオススメに従う。
「髪、ずいぶん短くしましたよね、最初わかりませんでしたよ」と言われた。
髪は旅先の金沢で、暑さに我慢できずカットしたのだ。

この夏1枚だけ届いた残暑見舞いのハガキに返事を書く。
中学時代の恩師から。
新築の家を建てたという知らせだった。

公開時に見逃した黒沢清監督の「叫び」をDVDレンタルして観る。
部屋の照明を落として観たら怖くて、途中から灯りをつけた。

夏旅の帰り道、高速のサービスエリアで買った梨を立て続けに食べる。
ヨーグルトとあえたり、丸かじりしたり。
美味しい。

日曜日、部屋の中を風が流れていた。
風の動線に沿い、ベッドで昼寝していると、
魔法のジュータンに寝そべって空を飛んでいるようだった。
気持ちよく昼寝する。

夜、部屋の窓から花火が見えた。
ここのところ花火が多い。
その日によって上がる場所が違う。

ラムレーズンのアイスクリームを食べる。
最近は200円のアイスクリームが舌のゼータク。
トレビア〜ン。

再開したブログの更新を始める。
コメントを下さる方が妙に懐かしい。
なぜ再開したのか、とかなぜ止めたのかと無粋な質問が
無いのもありがたい。

弟から最近貰ったCarla Bruniというイタリアの歌手の歌を部屋で流している。
耳心地がよい。
「L'amour」
「Le Ciel Dans Une Chambre」
「Chanson Triste」
という曲が特にお気に入り。

その弟から電話を貰う。
彼は四国旅から戻ったところだった。
兄は紀伊半島から能登半島まで走っていたよ。
近く彼が仕事で上京するときに、また会うことになるかもしれない。

愛用の椅子が突然壊れる。
斜めに傾いたまま元に戻らなくなった。
仕方なく客用の折りたたみの木の椅子を使っている。
毎日使う椅子選びは慎重に。
数日インターネットでいろいろ探した結果、白い回転式のパーソナルチェアを注文した。

これがこの数日の出来事。羅列してみると、いろいろある。
だけど、わたしはこの夏、ずっと考え続けていたことを何も書けずにいる。
打ち上げ花火が終わるように、夏は終わった。
秋までにはまだ時間がある。
大丈夫。わたしはちゃんと前に向かって生きている。
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by tabijitaku | 2007-08-19 22:35 | 雑文

セミに捧げる雑文

セミが苦手だ。

幼少時、父や母から伝えきいた後追いの記憶でなく、アルバム写真で上書きされた記憶でもなく、わたしが自分自身で憶えている数少ない記憶の1つに、セミに泣かされた思い出がある。

昆虫は嫌いではなかった。
他の男の子と同じように夏になれば虫捕り網をもって外を走っていた。
もっともわたしは団地住まいだったので、採れる虫と言えば、
モンシロチョウにコオロギ、せいぜいカマキリだけだった。
カブト虫やノコギリクワガタのいる雑木林は団地にはなかった。
夏の夜、たまに網戸に偶然にへばりついてたカミキリ虫に驚喜した少年時代。
わたしはセミ捕りをしたことがなかった。

冷静に眺めれば、あれほどグロテスクな容姿の昆虫が他にいるだろうか?
円谷映画に出てくる怪獣みたいな顔、色もけして美しくない。
捕まえても一晩で死ぬし、虫かごに入れたりしたらうるさくて敵わない。
セミの鳴き声は遠くに聞こえてこそ情緒があると思う。

夏休み、祖母の家に泊まりに行ったとき、何も知らない叔父がわたしのために
セミを捕まえてきてくれた。
叔父が「ほら」と差し出した黄緑色の虫かごの中でセミは狂ったように鳴いていた。
そしてわたしも負けじと大きな声で泣いていた。
興醒めする叔父。
笑う祖父母たち。

この記憶はなぜか鮮明に残っている。

今年の暑さはもはや猛暑というより酷暑で、そのせいかは知らぬが
セミの死骸を異常に見かける。
わたしは古いマンションの13階に住んでいるのだが、部屋の前の通路でここのところ
毎日、セミが腹を上にして死んでいるのを眼にする。
これって異常気象が原因ではないのだろうか?

昨日、会社で社長に「最近、セミの死骸多くないですか?」と聞いたら、
「スッゲー、多いよな」とやっぱり気になっていたみたいだ。
「でも元々アイツら死ぬために生まれてくるみたいなヤツラだからな」
社長はそう言った。

地上に出たセミが短命なことは、セミが苦手なわたしも知っている。
仰向けに横たわるセミはときどきまだ息があるものがいて、足を微かに動かしていたりする。
(これがホントのセミリタイア状態か)
わたしは素手で触ることはなるべく避けたいので、ホウキの先を使ったり、つま先でそっと仰向けのセミをひっくり返す。
すると瀕死に見えたセミは、ゼンマイ仕掛けのオモチャのように、ジジジと羽をばたつかせ、空に飛んでゆく。
どこにそんな体力が残っていたのだろうか。。。

わたしの好きな天龍源一郎というプロレスラーは、かつて自分を「蛾」に例えた。


「オレはね、蛾だよ、蛾。
蛾っていうのはさ、外燈の光に向かって必死になって飛んでんだよ。
でもね、その光に到達した時には、熱で焼け死ぬんだ」


蘇ったセミは空高く飛んでゆき、やがてわたしは宙の中でその小さな黒点を見失う。
まるで太陽の熱に消えて溶けてしまったかのように。

朝に見るセミの死骸は哀しい。
砂浜で捨てられた花火の燃えかすのようだ。
儚げな夏の残り香が漂う。

わたしはきょうも苦手なセミをひっくり返している。
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by tabijitaku | 2007-08-18 11:31 | 雑文

ドラえもんの孤独

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会社からの帰り道、そうだ、きょうはブログにドラえもんの書こうと思っていたら、yahooのトップニュースにそのドラえもんのニュースが出ていた。

ドラえもんの最終話を勝手に自作・販売した男性が、販売元の小学館に謝罪し売上金の一部を支払った、というニュースだった。
電池切れで動かなくなったドラえもんを、35年後にロボット工学の第一人者に成長したのび太が修理し、よみがえらせるというストーリーらしい。

ネットで調べてみたら、ドラえもんの最終話は、随分昔からネット上で話題になっていたようで、都市伝説のごとく、他にも何パターンもあるらしい。
興味のあるからはウィキペディアをどうぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ドラえもんの最終回

わたしがきょう、ブログに書こうと思ったことは、偶然にも前述したストーリーに通じるものがあり、つまり「ドラえもんを助けるのは誰?」ということだった。

のび太は「ドラえもーん、助けてー」といつもドラえもんに泣きつく。
スネ夫はジャイアンの腰巾着だし、そのジャイアンだって「母ちゃーん」と母親に泣きつくことがある。
じゃあ、ドラえもんは誰に助けを求めたらいいんだろう?
ただの無意味な妄想話だけど、そんなことを考え始めたら、未来からひとりやってきたドラえもんは、夜、押し入れの天井を見ながら何を考え、何を思っていたのかが気になった。
ドラえもんは確かに愛されている。
のび太に、のび太のパパに、ママに、しずかちゃんやその他の仲間達に。
けど、未来から「単身赴任」にしたドラえもんが、孤独を感じるときがなかったとは思えない。



小さな会社ではあるが、わたしはいま役員をやっている。
ある日、社長に呼ばれて「お前、取締役にするから」と言われ、名刺が肩書きが取締役部長に変わった。
その日までわたしを「さん」付けで呼んでいた同僚や後輩達が、わたしを「部長」と呼ぶことはさすがになかったが、その後に入社した連中は、当たり前のように、わたしを部長と呼ぶし、会社で起こるほとんど全てのことに対し、それはわたしの仕事じゃないから、とは立場上言えなくなった。

今年の正月明け、仕事上でお付き合いのある某商社の社長から、新年会に招かれた。
年商百数十億の商社の社長で、一言で言うと生き方、考え方から立ち振る舞いまで全部が全部カッコいい方だった。
話題が昨年わたしが参加した幹部研修の話になると、その社長さんが身を乗り出してきて、わたしに対してあれこれ話かけてこられた。

「あなた自身、その研修を受ける前と受けた後で、何が変わったと思いますか?」
と質問されたとき、わたしはもちろん答えなど用意してなかったので、とっさに思ったことをそのまま口にした。

「今までの自分は社長のことしか見てなかったんだな、と思いました」

これを聞いた商社の社長さんは「素晴らしい!」とビックリするぐらい大きな声をだした。
わたしの隣では、うちの社長がただニンマリしてビールを飲み続けていた。

それは結局のところ、わたしが自分の会社の社長だけでなく、よその会社の社長さん達とも触れることで垣間見た、トップに立つ人間の逃げ場のない孤独感みたいなもののことで、経営者が孤独を感じる瞬間というのは、(想像でしかないけれど)、自分のことを心配してくれる人間がいない、てことではなくて、自分のたちが生きてゆくための会社のことを、自分と同じぐらい必死に考えてくれる人間なんていないんだ、て感じたときなんかじゃないかと思う。
社長の顔色をうかがう社員はどこにでもいるが、それはたぶん風邪をひいている人間に「お大事に」っていう程度のことでしかないような気がする。
これは弟から聞いた話だけど、彼が以前勤めていた会社の社長ってのも、アクの強いひとらしく、多くの社員から反発をかっていたらしい。
けれど、あるとき独身の社員が高熱を出して会社を早退する、てなったときに、その社長さんは、着替えを買ってきて渡したという。
わたしはその社長さんのことはまるで知らないので、その他のことはわからぬが、着替えを用意する、という気遣いはそうできるものではない、と感心してしまった。
些細なことかもしれないけど、会社の玄関口に置いてある花壇に水をやったり、トイレの切れかかった蛍光灯を換えたり、そういうのを「当番」や「仕事」でなくできるひとって案外少ないような気がする。

偉そうなことを書いたが、わたしはのび太だ。
ドラえもんではない。
わたしがドラえもんのためにできることなんてたかが知れているだろう。
でも、せめてドラえもんの孤独に気づく人間でありたいとは思っている。
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by tabijitaku | 2007-05-30 01:51 | 雑文


中庭、それは外。でも内側


by tabijitaku

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