カテゴリ:例えばこんな文章を書く( 2 )

パークミュージシャン

a0048851_138455.jpg


いよいよ引越を明日に控え、きょうがこの部屋ですごす最後の晩。
ここ数日は冷蔵庫のアマリ物処分が続いている。
ドレッシングや天つゆ、きざみネギ、ベーコン、卵…とにかく味の妨げにならないであろうものなら容赦なく使った。
主食はうどん。カオス風焼うどんである。しかし「これがおいおいマジかよ」というぐらいにウマかった。

さて、土日に引越しを終えた後に、実は月曜日に車の車検がある。
社長の知り合いに頼んで勤め先まで車を取りにきてもらうことになっている。
そうなると、月曜日は車で出勤しなければならない。
わたしには車以外にもバイクがあるので、その両方を自分で運転して新居へ運ぶためには
どうしても1回は電車で帰宅し、1回は最寄り駅まで歩いて出勤しなければならない。

そんなわけで、今宵この町で迎える最期の夜を、わたしは駅から歩いて帰ることにした。
これまでカメラを持って何度か散歩したことのある公園を通り抜ける。
街灯はやや暗めだったけど、銀杏の黄色が暗闇を薄めていた。
晩秋の公園には思ったよりひとがいる。
スケボーの練習をする若者
野良猫に餌付けするホームレス
肩を寄せ合って歩くカップル
ジョギングしているおじさん

その歌声は100メートルぐらい離れている辺りから、既によく聴こえていた。
ストリートミュージシャンならぬ、パークミュージシャン。
歌声は若い男性で、あえていうなら尾崎豊風だった。
オリジナルの歌なのか、誰かのカヴァーなのか分からないけど、人生を前向きに生きることに何の疑いの余地を持っていないような歌詞だった。
距離が近づくと、男性の傍らで女性が1人ベンチに座っているのが見えた。

ギターはともかく、彼の声はとてもよかった。
わたしは立ち止まって、その歌の終わりまで聴くことにした。
パークミュージシャンはわたしから15メートルほど離れた場所で、アコースティックギターを弾きながら“ラ〜ラ〜ラ〜♪”と声を張り上げている。
わたしは街灯を背に立っていたので、こちらからは彼らの顔は見えない。

そして歌が終わった。
聴衆はわたししかいない。
ここは拍手するところだろうか、と躊躇っていたら、ベンチの女性がまばらな拍手をしたので、つられるようにわたしも手を叩いた。
男はわたしに小さく頭を下げた。

「いい声ですね」わたしは思ったことを口にした。
「ありがとうございます」男は今度は深々と頭を下げた。

ほんの気まぐれで自販機でココアの缶を2つ買って彼らの元に戻った。
このとき、わたしは初めて男の顔を見た。
想像していたよりうんと若かった。
ジャイアンツに入団したばかりの上原のような子だった。
ココアの缶を渡したとき、一瞬触れた男の指先が驚くほど冷たかった。
この冷たい手でギターが弾いていたのか。


たぶんこんな夜のせいだ。


わたしは赤の他人に言わなくてもいいことを口にした。
「じつは明日でこの町を引越すんです。最期の晩に歌が聴けてよかった」

そんなキザなことを言ってしまった責任を全てこの夜のせいにして、立ち去ろうとしたわたしの背中に女の子の甲高い声が突き刺ささる。

「がんばってください!!」

彼女は叫ぶように言った。
それはどう考えても、わたしが彼らに言ってやるべき言葉だった。


【追記】

先ほどまでダンボール箱と格闘しておりました。
このパソコンもそろそろコードを外さなければなりません。
ここ数日、エントリーに対したくさんのコメントを戴きありがとうございます。
リンクのお声をかけてくだすった方、当ブログはリンクフリーです。
なるべく相互リンクにしたいと思っております。

きょうは戴いたコメントに返信を書こうか、
お気に入りのブログを一巡りしようかとも考えましたが、
今晩あったことをどうしても今日のうちに書いておきたかったので更新を優先することにしました。
コメントに対する返答は、後日新しい部屋で書かせて戴きます。

ただし、tomoko6363さんのコメントに対してはやはり今日中に書いておくべきだと思ったのでこの場で返信します。

>今が幸せなら過去の悔いや過ちも大概正しかったのでしょうか??私はまだまだ若造なものでそんなステキなことが胸張って言えません。早くそんなことをさらりと言ってのけられる大人になりたいです。

いまが幸せでも過去の悔いや過ちが正しかったことにはならないと思います。
悔いや過ちを繰り返しながらも、ひとは人生の中で多くの選択を迫られます。
そしていま幸せだと心から思えるなら、わたしはこれまでの自分の選択を概ね肯定してもいいんじゃないか、と考えます。これは結果論ではなく経過論です。
幸せであるならば、正しい方向に進んでいると信じたいからです。
それから、ゆっくり時間をかけたほうが、むしろ早く大人になれるような気がします。
[PR]
by tabijitaku | 2005-11-26 01:56 | 例えばこんな文章を書く

平熱の夜

a0048851_23523452.jpg


Tシャツにカットソーにジャケット。
その3枚がちょうどよく、1年を通じて気温と衣服の関係がこれほどうまくいった1日もなかった。暑くもなく寒くもなく肌に触れる空気が心地よかった。

わたしはバイクで通勤している。
片道20分ぐらい。
埼玉から東京へ。
そして東京から埼玉へと戻る。

ガソリンスタンドで給油をする。
ドンキーコングみたいな金髪のお兄ちゃんが出てきて、タンクにノズルを差し込む。
真剣に穴を覗き込むものの手つきがおぼつかない。
案の定、派手にガソリンをこぼした。

あ…これはデジャブだぞ。

思えば、このドンキー君に給油をしてもらうのは2度目だった。
前回もガソリンをこぼされた。
店長と思しきひとがやってきて、こぼれたガソリンを乾拭きぞうきんで拭いていった。
そしてわたしに対して「すいません」と言った。

ドンキー君は今宵も給油に失敗した。
今度は先輩らしき人物がやってきて、乾拭きぞうきんで同じように拭いていった。


雲がきれいな夜空だった。
夜の雲は薄い鉛色をしている。
濃紺の空に世界地図を描いたように雲がヒロガッテいた。


「違うんですよ」が口グセのひとがいる。

こちらが何か言ったとする。
するとすかさず言うのだ。
「違うんですよ」と。

何かを守るためにもし言葉を使うつもりなら、
わたしだったら「違うんですよ」とは言わない。


ドンキー君が給油口のフタを締めているあいだ、
わたしはもう1人の店員と会計を済ませた。

するとドンキー君は走っていて、スプレーとぞうきんを持って来て
わたしのバイクを拭き始めた。

それは非常に些細なことかもしれないが、
こぼれたガソリンを拭くのに彼は濡れぞうきんとスプレーを使ってくれた。
先輩が乾拭きぞうきんで拭き取った上から、濡れぞうきんで拭いたのだ。

確か前回給油したのは2週間ぐらい前だっただろうか?
ドンキー君はこの2週間で給油の技術は学ばなかったが、言葉を憶えたようだ。

わたしに向かって「すみません」と言ってイガグリのような頭を下げた。

一言、二言声をかけたい気分だったけど、
次の客の姿が見えたのでわたしはバイクに股がってエンジンをかけた。
[PR]
by tabijitaku | 2005-11-07 23:58 | 例えばこんな文章を書く


中庭、それは外。でも内側


by tabijitaku

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
例えばこんな文章を書く
例えばこんな写真を撮る
profile
私が私であるための1973枚
私が私であるための1973枚(絵)
ショートストーリー
私の好きな歌
雑文
写真館


Poland
家族の足
懸賞企画

以前の記事

2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 05月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月

検索

ライフログ


シッピング・ニュース 特別版 [DVD]


バーフライ


遠い太鼓


君はおりこう みんな知らないけど


ROADSIDE JAPAN―珍日本紀行 東日本編


TOKYO STYLE


Blue


男はつらいよ 寅次郎春の夢

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧