カテゴリ:旅( 5 )

旅日記にならない。

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旅の土産話をリクエストされると困ってしまう。
話すほどのことがない、というより、話してもわかってもらえるだろうか?という疑問が先に立つ。話を面白くするために、何か「脚色」したほうがいいんだろうか?などと悩む始末。


その雑貨屋にはおばあさんが1人だけいて、わたしが店に足を踏み入れると奥のほうから顔を出した。
店は間取りこそ狭いが食料品から日用雑貨、文房具、香典袋、ろうそくまで置いてある。
こういうとき「何か買わなくちゃいけない」と思ってしまうわたしは根は小心者なのだろう。
旅の想い出にいっそ分度器でも買ってかえろうかと思ったのだけど、当たり障りなくアーモンドチョコと爽健美茶のペットボトルを選ぶ。
レジに向かう途中、派手な包装紙の駄菓子に目が止まり、友人への話のネタになれば、とそれを2つ購入。
原産国タイのガムのような細長い御菓子で、21円という価格がわたしにはなぜだか妙に可笑しかったのだ。
会計はレジを使わず、おばあさんの暗算。
「402円です」と言われて、わたしは財布から405円出した。
すると、おばあさんは「いいんです。2円はオマケです」と言ってわたしの手に5円玉を返した。
わたしは思わず「ありがとうございます」と2円のプライスダウンに頭を下げた。
「原産国タイのガムのような細長い御菓子」はお世辞にも旨いとは言えないが、
クセになる食感だった。



露天風呂で会った男性に夕飯をご一緒しませんか?と誘われたのは岡山のとある島である。
湯船に浸かりながら、「どちらから?」「あなたは?」という一期一会の挨拶から始まり、瀬戸内海の島々の話となり、やがて我々が互いに全都道府県を旅した者同士だということがわかった。
わたしはアルコールはイケる口ではないのだが、3連休の初日だという気楽さも手伝って、この夜は勧められるままに珍しくビールと日本酒をご馳走になった。
「地酒は常温で飲むにかぎります」と言われて素直におちょこで戴いたが、確かにまろやかで美味しいと感じた。

旅の話は国内から海外に移り、ロシアの話をされたので、わたしも飛行機の乗り継ぎで一度寄ったことがあるんです、と話すと「ヨーロッパですか?」と聞かれ「ええ、ポーランドなんですけど」と応えると「ほな、アウシュビッツ観に行かれたんと違います?」となり、わたしは「アウシュビッツ」という言葉の響きを懐かしく感じながら「そうです」と言った。
この男性の仕事は公務員とだけ聞いたが、アウシュビッツには「視察」で足を運んだことがあるという。
岡山の島でポーランドの話をすることになるとは思わなかった。



携帯電話に見慣れない数字が並んだ。
海外通知である。
出ると案の定、社長だった。
社長はこのとき香港にいた。

「いまどこ?何してる?」と尋ねられたので
「岡山の島の丘の上で昼寝してました」と答えた。
「オカヤマ?…岡山ってどこだっけ?」
「日本地図では四国の上のほうにありますね」


要件はもちろん仕事の話で休み明けに海外のメーカーにメールを送る指示を受けた。
電話を切ったあと「こんなところです」という件名で、海を見下ろす写メールを送ると、すぐに香港のビル街の写真が添付されたメールが返ってきた。
「オレはこんなところにいるぞ」という件名だった。

わたしはこの丘で「重力ピエロ」を読み終え、帰りの新幹線では福山の駅前の本屋で買った「カンバセーションピース」を読み始め、今も読んでいる。

ゴールデンウィークは暦通り、3連休と4連休を戴いた。
わたしは西と北へ2つの旅に出た。
どこへ行って何を観てきた、とでも書けば、曲がりなりにも「旅日記」となるのだろうが、時間軸を無視して思いつくままに綴ってみたら、どうにも旅日記にはなりそうにない。
しかし、駄菓子屋でのおばあさんとの2円のやりとりや、一期一会の男性と酒を飲みながら交わしたポーランドの想い出話、島の丘の上で交わした上司との国際電話は、わたしの記憶の中では「絵」になっている。
そういう記憶の心象風景を、わたしは「旅土産」だと思っている。

しかし、これは誰かに話してわかってもらえるというものでもなく、あくまで自分自身への旅土産なのである。
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by tabijitaku | 2007-05-06 21:59 |

オバァによろしく

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元同僚が中国に帰って貿易会社をやっている。
先日、彼からクリスマスメールが届いた。
四字熟語が並ぶ。

新年快楽!夫婦円満?万事如意!招財進宝!旅途愉快!

会社にはいま北京語を話せるスタッフが3人もいる。
「旅途愉快」の読み方を尋ねたら「カタカナにするのは難しいんですよ」と言いながらも
【リュ=トゥ=ユ=クァイ】というルビをふってくれた。

意味は文字から想像した通り「旅を楽しんできてくれ」的なことらしい。
嬉しい言葉だ。

彼は今年原因不明の病を患い、片方の目がほぼ失明状態となってしまった。
見舞いのひとつでも送ろうかと考えたが、何を送ってやればいいのか、どんな声をかけてやればいいのか分からず、結局時間だけが過ぎてしまった。
今回、以前となんら変わらぬクリスマスメールを貰ったことで、こちらも素直にクリスマスプレゼントを航空便で送ることができた。
彼には日本の通販雑誌を、お子さんにはクラフトの工作ブックを、奥さんにはエンヤのCDを買った。

さて、きょうは2ヶ月ぶりで旅途愉快をした。
寒波が迫っているので、遠出はせずに日帰りできる秩父と高崎を走ることにした。

以前、産経新聞のwebサイトで吉田町の風景を見たときから、ここには絶対行こうと決めていた。
埼玉県秩父市吉田町は「美しい日本のむら景観コンテスト」で紹介された村。
急勾配にへばりつくように集落が点在する村。
実際に現地に足を運びまずその急斜面に驚く。
尾道や長崎などわたしは坂のある町並みが大好き。
吉田町はけして大きな村落ではないが、息がきれるぐらい斜面は急だ。

集落の頂上あたりまで辿り着いたとき、杖をついているお婆さんを見かける。
挨拶を交わしたら、なんとなく陽だまりにふたり腰を下ろして、世間話になった。

しゃべり口調がとてもしっかりした方だったが、歳を訊いたらもう90歳だという。
22歳のときに群馬県から山を越え、嫁にきて以来、
ずっとこの急斜面の村で暮らしてきた方だった。

20分ほど話したのち、わたしが「それではこれで」と席を立とうとしたら、
「茶でも飲んでいかないですかね?」と言われた。
自販機なんてない場所だったから、温かい飲み物は嬉しかった。
遠慮せずに、家にお邪魔させて戴く。

息子さんと2人暮らしだというが、その息子さんはきょうは山に猟に出ていた。

茶の一杯が二杯になり、三杯になり
佃煮が出て、親戚から貰ったワサビ漬けが出て、隣人の家で成ったキウイが出て
鍋に残っていたイノシシ肉の煮物が出て、気がつけばお婆さんに会ってから2時間が経っていた。

お泊まり交渉したら「田舎に泊まろう!」が成立したかもしれない。

わたしはもう既に祖父母をすべて亡くしているので、ご高齢の方と話す機会はほとんどない。
ましてや90歳の方となると、接する機会すらない。

戦争の話を訊いてみた。

そのとき、この秩父の山奥で何が起きていたのか知りたかった。
しかし90歳という年齢の重たさは、戦争経験が一度ではないことだった。

「オバァがここに来た時分にはまだ戦争は始まってなかったですよ。
小さな戦争はその前にもありましたけどね」

東京が大空襲で焼け野原になったときも
秩父の山の日常はさして変わることはなかったという。

「ただ、一度だけ峠に飛行機が落ちましたけどね」

日本兵の戦闘機だという。

「さんざんっぱら、この辺りの上空を飛び回ったんですよ」

お婆さんは、さんざんぱっらを何度か繰り返した。
聞けばこの村の出身者だったとのこと。
着地なんてできないことは誰もが分かっていたらしい。
死ぬ前に村の空を飛んでいるだということも、多くのひとが気づいていたらしい。
兵隊さんは上空をしばらくの間飛び続けた後、村と村のあいだにある峠まで移動して墜落した。

お婆さんは旦那さんを10年前に亡くした。
兄弟もすべて亡くなった。
村では二番目の長寿。
「90歳まで生きちまっただわ」と笑いながらいう。

医者にかかったことはあるが、入院したことはないらしい。
「ルルがあればね、世話ねぇんです」と言って風邪薬の入ったビンを見せてくれた。
息子さん用と自分用とがあり、各自マイルルを持っている。

わたしがお邪魔している間に、セールスと思わしき電話が2本かかってきた。
そういうのはわりと日常らしい。
お婆さんは邪険にするでもなく、「自分は90のオバァです。新聞代は自分で払ってますけど、あとは米から何までぜんぶ息子がやっとります」とハキハキと応えていた。
何ひとつ嘘つかんでも、普通に会話すれば退屈しのぎになりますよ、と笑う。

このオバァを見ていると「人生愉快」だと信じられる気がする。

2本目の電話がかかってきたときのことである。
オバァは「いまは90の婆さんが1人きりしかいねぇです」と応えた。
その堂々とした口ぶりが可笑しくて、わたしは思わず笑ってしまった。
おそらくその笑い声が電話向うの相手に聴こえたのだろう。

オバァは更にこう言った。
「いまね、トモダチが来ているんです」


結局、秩父で余分に時間を過ごしたので、わたしは高崎には寄らず、
ただし行きとは道順を変えて山を下った。
途中、群馬県鬼石(おにし)で道の駅を見つけて立ち寄る。
道の駅への寄り道も走り旅の楽しみの1つである。
地方名産を販売していたり、温泉が併設されていたりと、それぞれ特色はあるのだが
今回の鬼石の道の駅には映画館があった。
こういう場所で映画を観るのもオツだと思ったが、残念ながら上映時間が合わなかった。
しかし、べらぼうウマい名物ラーメンにはありつけた。
醤油ベースのさっぱりスープに、大根おろしをトッピングする。
大根は客が自分で摺る。
麺は喜多方ラーメンのようにちぢれ麺でこれがまた絶品!
大根おろしがスープと混ざり合うにつれ、加速的に箸が進んだ。

会計のとき「本当に美味しかったです」と思ったことを口にしたら、ミカンを貰った。

やっぱり人生愉快である。
ミステリークイズの正解者がもし旅支度の旅プランを望んだら
きょうと同じコースをお薦めしてもいいかもしれない。

その際はオバァに何か土産持っていってもらうのでよろしく。
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by tabijitaku | 2005-12-17 23:06 |

世界一の…

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上の写真の中に“世界一の”ものがあります。
知っているひとなら「ああ、あれでしょ」と一目瞭然。
知らなくても勘のいいひとなら、左のお姉さんを見てから
右の写真を見たらこのトリックに気づくだろう。

これは静岡にあるオルゴールの博物館である。
最大のウリは世界一大きいのオルゴール。

日本全国にこの手の「1番ネタ」ならけっこうある。
最大の草履、最長の大仏、最小の絵本etc…

わたしは大きさ数メートルの巨大なオルゴールを想像して博物館に入った。
だから係のお姉さんが、冷蔵庫サイズの装置を動かし始めたとき
正直拍子抜けしてしまった。
それが世界一なの?

しかし大仕掛けのトリックの謎解きはここから始まった。
館内に荘厳なメロディが流れ始めると、お姉さんはこう言った。

この建物が世界最大のオルゴールになっています。

つまりわたしは最初からオルゴールの中にいたわけだ。
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by tabijitaku | 2005-11-18 23:18 |

その無人駅がただ1つだけ特別だった理由。

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11月11日付けの折金さんのblog「日替わりスナップ」http://origa.exblog.jp/で素敵な無人駅の写真が紹介されている。
コメントを残したら嬉しい返事を頂戴した。

わたしは鉄道マニアではないが、ノスタルジックな無人駅が大好きだ。

バイク旅の途中無人の駅を見かけると、エンジンを止めて誰もいない改札を潜ってみる。
まばらな数字が散らばる時刻表。
誰がいけたのか一輪挿しのきれいな花があったり。
本棚が置いてある駅舎もずいぶんとあった。
そこでは電車が来るのを待たされるのではなく、待っている間に電車は来るものなのかもしれない。
無人駅の小さな空間は、旅人のオアシスだ。


最後に想い出に残る無人駅を1つ紹介したい。
駅舎も、線路も、ホームもごく一般的な駅だった。
むしろ無人駅としては大きいほうだと思う。

ただ1つ、ただ1つだけわたしの心をとらえた光景があった。
それはホームのベンチである。
色褪せた朱色のベンチは、線路と反対側を向いていたのだ。
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by tabijitaku | 2005-11-14 23:01 |

just walikng around in this town

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旅先の知らない町で商店街を歩く。
これも旅の楽しみの1つ。

夏にインドへ行ったとき、僕はベナレスの町で1人のインド人にガイドを頼んだ。
彼の本職はオート三輪のドライバーで、ホテルの前でシルク売りの手伝いをしてたのだけど、つたない英語で交渉したらガイド役を引き受けてくれた。

ガンジス川のほとりでオート三輪を停めて、彼は僕に「お前さんは何を見たいんだ?」と尋ねてきた。
僕は“just walking around in this town”と応えた。
うまく通じなかったんだろう。
「本当は何を見たいんだ?」と念を押されたので、
“I want to feel different culture from this town.”と言った。
彼は「じゃあ、しょうがないな」という顔をした。

初めて訪れた国の初めて見る風景の中を、僕は見知らぬインド人の背中に先導されて歩き始めた。
彼はときどき指をさして単語で説明してくれた。
「school」
「goat」
(山羊ぐらい見れば分かるのだが)

町中をぐるぐると歩いていると、インド人は再び僕に尋ねてきた。
“Are you Happy?”
僕が“Yes,I am Happy.”と応えると彼は安心したように「OK,OK」と繰り返してニッコリ笑った。

I am very Happy.
本心だった。

先週末、僕は大阪の商店街を歩いていた。
誰も僕に「幸せか?」とは尋ねなかったが、飽きれるぐらい僕はよく歩いた。
足がまだ痛い。
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by tabijitaku | 2005-11-02 23:41 |


中庭、それは外。でも内側


by tabijitaku

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