カテゴリ:私の好きな歌( 3 )

出発の歌



久々に車で長距離を走ることになった前の晩、TUTAYAでCDを借り漁った。
5枚でレンタル料1000円のサービスを利用し、更に4枚組のフォークソング集を選んだので都合8枚のアルバムになった。

4枚のフォークソングはタイトルを見ると、私にとってかつてリアルタイムで聴いていた歌ではなく、どれも後からテレビや映画の中で耳にした曲ばかりだった。
ザ・フォーククルセダーズの「悲しくてやりきれない」は映画「パッチギ」で、村下蔵三の「初恋」はテレビCMで。
それから私の好きなラジオ番組「松本人志の放送室」で毎週流れていた(DJの松ちゃんと高須さんにとっての)懐かしい曲のセレクトの中で耳にした名曲もけっこう収録されていた。

一方、全く初めて耳にする曲や歌い手さんも多かった。
上條恒彦&六文銭という名前にも全く見覚えがなかった。

a0048851_6514244.jpg


静かなイントロ、低音の美しい声が聴こえてきたとき、すごく不思議な気持ちがした。
やがてメロディが盛り上がり、サビに差し掛かったとき、思わず車の中で歌っていた。

「さあ、いま銀河の向こうに飛んでゆけ」

この歌知っている、という身体中を血が巡る感覚。
子供の頃見たアニメかなんかの主題歌だったのか、と最初思ったのだけど、合唱曲っぽいので音楽の時間に歌ったことがあるのかもしれない。

そして驚きだったのが、この上條さん。
GOOGLEの画像検索してびっくり。
嗚呼、あなたでしたか!
失礼申し上げました(汗)

「金八っつぁん」

同僚の金八先生を呼ぶ声がとてもとても懐かしい。
[PR]
by tabijitaku | 2010-11-17 07:04 | 私の好きな歌

涙をとどけて



「バンザイ 〜好きでよかった〜」だとか「ガッツだぜ!!」のウルフルズのイメージが強いので、知らずに聴くと、一瞬「これ誰が歌っているの?」と思ってハッとする。

映画も本も同じなんだろうけど、年相応に、あるいはその「頃」が聴きどきの歌というのがやっぱりあって、私にとって彼の歌は、今だったら背伸びも想像力も使わず、自然に耳から入って体内に染み渡る。

トータス松本の歌詞はとても耳に馴染む。歌詞のフレーズの1つ1つが聴きやすい。
そしてこの詩はすごく情景が浮かぶ。
気持ちが散らかっている様、眠れない夜の焦燥感、涙で洗い流したい衝動、それでも「希望もそれ以上の意地もここにちゃんとある」、それに繰り返し念を押す自分。
この後に及んでとどけたいのは「言葉」でも「愛」でも「夢」でもなく、「涙」だというのが私にはリアルすぎて、ああこのひとは凄いなぁ、と思った。

昨日。ふとした会話の中で勤務先の社長が言ったこと。
「ひとはなんで真っ直ぐ行けないのかな」

バイオリズムなのか、運勢なのか、代わりばんこのように誰かしら調子を崩したり、変な方向に向かうひとが出てくる。会社ってそんな感じだ。
よく分かっている。私にもそういう周期があるし、この年齢になると身近な人間の周期ぐらいはある程度見えてくる。
穏やかにだけは生きられないが、雨の後の池のように、穏やかに戻るときもきっとくる。

最近になって、ようやく年を重ねている自分に実感を持てるようになった。
それは老いているとか、成長しているとかというのも違って、まるで家を建てるように基礎工事が終わったので、柱を1本づつ運んでいる行程のようなもので、ここ数年で私は人生の1階部分を完成させるんだ、という気がしている。誰かと比べるものでもないので、それが遅いか早いか(ま、早くはないけど)は別にして、人生が家つくりだとしたら、その年齢その年齢で、きちんとやっておくことが、後の人生の行程に影響するので、結局真っ当に生きていかなきゃ、って思った次第。

いい歌です。
[PR]
by tabijitaku | 2010-11-06 05:14 | 私の好きな歌

ブラザー軒



いま、私がいちばん行きたい場所は仙台のブラザー軒である。
昨年、尾骨を痛めてからどうも遠出をする気になれず、旅足が鈍くなってしまった。

高田渡の歌う「ブラザー軒」という曲を初めて聴いたのは映画「フリック」のエンディングで、ハッキリ言うと映画はいまひとつだったんだけど、この歌もちょい役で出演した高田渡自身の存在も際立っていた。

同じく彼がエンディングが歌うのは映画「東京夜曲」で歌の名前は「さびしいといま」、こちらも名曲である。

映画「ゴースト」が松嶋菜々子主演でリメイクされる、という話をつい最近テレビで見た。
そもそもこの手の物語には重要な「前提条件」というのがあって、幽霊から一方的に生きているひとの姿が見えるパターン、反対に生きているひとからしか幽霊が見えないパターン、どちらからも(つまりお互いに)見えるパターン、あとは都合よくそれを組み合わせたパターンである。
オリジナルの「ゴースト」の場合、どっちも見える存在がウーピー・ゴールドバーグ演じる霊媒師だった。

ところで、真夜中の墓地で白い着物を着た黒い長髪の女性を見たら、貴方は幽霊を見たと思うのだろうか?
知人や家族に話す分にはいいが、例えばこれが相手が警察だったら、白い着物を着た黒い長髪の女性が墓地を散歩していたのが何か?となるはずだ。
刷り込まれた幽霊のイメージを取り外したら、私たちが本当にそれを「幽霊」だと確信できるのはどんな場合か?
頭に三角布をしていようが、額から血を流していようが、それは「服装」であり「流血」である。
では、桜木町を田中角栄が歩いていたら、それは幽霊になるのか?
おそらく、たいがいのひとはすれ違っても田中角栄に似たひとが歩いていた、と思うだろう。

少々、強引な論理だけど、私たちが本当に幽霊だと気づくことができるとしたら、それは出会った相手が、亡くなった家族の場合だと思う。
見紛うはずのない肉親。
論理を超越して「自分に会いに来た」と思える動機づけ。
それだけで幽霊認定はできるはずだ。

「ブラザー軒」の中には2人の死者が出てくる。
死んだ親父と妹だ。
2人には「僕」が見えない。
「僕」には2人が見える。
互いに一切の会話のないまま、死者2人はブラザー軒を出て行く。
そんな淡々とした出会いと別れを情景豊かに描いた歌である。

この歌はある程度年を重ねた方が聴くと、ぐっと沁みると思う。
身内を失くした経験のある方には特に。

高田渡は2005年に亡くなっている。
自分がこの歌を知ったとき、それを歌ったひとがもうこの世にいない、というのは不思議だ。
[PR]
by tabijitaku | 2010-11-03 18:41 | 私の好きな歌


中庭、それは外。でも内側


by tabijitaku

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
例えばこんな文章を書く
例えばこんな写真を撮る
profile
私が私であるための1973枚
私が私であるための1973枚(絵)
ショートストーリー
私の好きな歌
雑文
写真館


Poland
家族の足
懸賞企画

以前の記事

2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 05月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月

検索

ライフログ


シッピング・ニュース 特別版 [DVD]


バーフライ


遠い太鼓


君はおりこう みんな知らないけど


ROADSIDE JAPAN―珍日本紀行 東日本編


TOKYO STYLE


Blue


男はつらいよ 寅次郎春の夢

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧