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旅支度の復活

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金曜日の夜に行き先を決め、土曜日の朝が明ける前に走り始める。
それがわたしの旅のスタイルだった。
夜が明けるときには見知らぬ土地にいて、朝ご飯と昼ご飯は別々な土地で食べる。
カーステレオからは持参したTUTAYAで借りた5枚のCDと自作した映画のサウンドトラック集が流れ続けた。
ここ近年聴いた映画音楽の中で、とりわけわたしのお気に入りは「シッピングニュース」の名盤で、それは壮大な太鼓の音色とともに始まる。
まさに「遠い太鼓」だと思った。

トルコの古い民謡に、旅に出るときには、遠くから太鼓の音が聞こえてくるという一節があるらしい。

村上春樹の「遠い太鼓」を読んだのはもう6年も前の話で、場所は伊豆七島の新島だった。
ハッキリと覚えているのには理由がある。新島の信じられないような水色の海に見とれていたら、浜辺に置いていたリュックを波にさらわれた。わたしの「遠い太鼓」はそのリュックの外ポケットの中にあって、本には黒いシミが残り、海水でふやけて、丹念に乾かしてもそれは直らなかった。
しかし、その本はわたしが生涯大切にしたいと思った初めての本だった。

なのに「遠い太鼓」はいつの間にか、わたしの部屋から消えてしまった。
誰かに貸したのか、いや貸してないと思う。
妖精のいたずらか、足が生えて旅に出てしまったのか、理由はわからないが、いつか見つるかると信じているので、新しい本を買い直す気はない。あの黒いシミ付きのふやけた遠い太鼓を取り戻したいのである。

土日の2日間、繰り返し読んだ一通の携帯メールがある。
それは「親友」と名乗ったひとからのメールで彼は、メールの最後でこう書いていた。

旅支度だよ、旅支度

月曜日の真夜中に社長から3通のメールが届いた。

・旨いものを喰って酒でも飲め
・飲み過ぎるな
・お袋からの伝言


週末、世の中には本当に悲しい出来事や悲しい結末があることを思い知らされた。
だけど、わたしという世界はいつでも再生するきっかけを持っている。
それはきっとたった1つの幸せを噛みしめることができるものは、1000の不幸にも立ち向かえるのだと信じているからだ。
たった1つ、それは親友からのメールでも、遠い太鼓の音色でも、社長のお母さんからの伝言でも、辿り着いた島で出会った猫や方言がきつくて全く聞き取れなかったおばあさんの言葉でも。

「モーターサイクルダイヤリーズ」の快適なサウンドが心地よく、「グラントリノ」の優しいピアノの音色が胸に染みる。

旅は不幸から逃れるものではない。
少なくともわたしの旅は違う。

顔を上げて胸を張って生きてみせませう。

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【679/1973】【680/1973】
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by tabijitaku | 2009-06-30 07:19 | 私が私であるための1973枚

勲章

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それに気がついたときには、既にその日はもう「一昨日」だった。
今週初めに、わたしは入社10年目を迎えていた。
大企業なら表彰でもあるのだろうが、何しろいまの会社ではそういうことに気を回すのが、他ならぬわたし自身の役割なので、自分の記念日は何事もなく、自分すら気がつかぬまま、静かに過ぎた。

勤め人として一生を貫いた父は勤続ン十年というごとに、壁掛け時計だとかを貰って帰ってきた。
そのン十年が「10年」の倍数であるということを思うと、敬意を軽く超える感情が沸き立つ。

今月頭に社長とわたしで合わせて二百名近い求人応募の面接をした。
途中で応募を打ち切らなければ千人近い求人があったと思われる。
十人、いや二十人に一人ぐらい、「美しい履歴書」に出会う。
わたしが美しいと感じるのは、職務経歴に書かれたたった一行の会社名を見たときである。
別にいくつも会社を転々としている方が悪いとは言わない(わたしも転職組だし)。
でも、わたしは長きに渡ってひとつところに身を置いた人に会うと必ず言う。
「美しい履歴書ですね」と。
面接は最初か最後に相手を褒める言葉を添えるようにしている。
手にした鞄だったり、目ヂカラだったり、声だったり。

さて、来るものがいれば、去るものもいるのが世の常なのか…
緑色の封筒に入った退職願を貰ったのは初めてだった。
進路は既に決まっているようなので、ことさら言うこともないが、辞めてゆく彼が残したいくつか非難の言葉の中に、わたしへ向けられたものもあった、ということを間接的に知った。
なぜだろう?
わたしは何も思わなかった。
何も思わなかったから、何の感情も顔に出なかったはずだ。
そのことで余計に心配をかけたのか、事情を知っている者が、昼休みにわたしに声をかけてきた。
「所詮、負け犬の遠吠えですよ。気にしてはいけません。あなたは間違っていません」と。
なぜだろう?
この励ましに対しても、わたしは何とも思わなかった。
しかし、わたしは自分より遙かに年長の彼に、勤続十年を迎えた話をした。

ひとから見れば恵まれた十年だったかもしれない。
いい上司に恵まれ、成長過程の中小企業に身を置き、取締役にまでなって、ひとの何倍かの給料を貰っている。
自動車通勤が許され、出社するとお茶が出される。
恵まれていると思うか?と尋ねられれば、否定するつもりはまるでない。

ただ、与えられるだけの十年ではなかったとは言える。
恵まれてはいるが、恵んでもらったつもりはない。
この十年には、この十年でしかありえなかった喜びも悔しさも苦悩も充実もあった。
だから、この十年は誰の為でもなく、わたしだけの(自分でも忘れるぐらいの)密かな勲章なのだ。

わたしがそれを話した唯一の相手は、わたしの言葉にこう応えた。
「これからはわたしもご一緒します」

それでもわたしの表情はたぶん変わらなかったと思う。
しかし、不覚にも涙が出そうになった。
会社では、まだ泣けない。

【678/1973】
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by tabijitaku | 2009-06-24 23:36 | 私が私であるための1973枚

また逢おうな

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昼休み、銀行に行った帰りにちょっと寄り道して無印良品で靴下を買った。
朝、社長室で話をしていたら、スーツの裾から覗いたわたしの靴下を見て「そりゃ無いな。オカシイぜ」と社長に言われたのだ。
靴下の趣味までとやかく言われるてるのか?と貴方は思うかもしれない。
しかし、わたしはこう考える。
趣味の悪い靴下の履き方をすると、それをちゃんと教えてくれるひとが少なくともわたしには1人いるのだ、と。

ひとはけっこう相手を見て話題を選んでしまう。
趣味の話をする相手。恋愛相談をする相手、昨日の巨人戦、子育て話、飼い猫自慢、人生観などなど。
些細ことから、けっこう深いことまで、それがもし同じ相手とできるなら、これってすごく幸運な巡り合わせではないだろうか?
気がつけば、経営の話からセックスの話までできる相手が、わたしの場合、上司になっていた。

さて、明日から泊まりがけの合宿に出かける。
ン十万の費用を会社に出してもらっての研修である。
いまの会社に入って10年。この間、わたしが社長に何かを直訴したのは5回。うち3回が「辞めさせて下さい」で、あと1回が「帰らせて下さい」。そして一番最近の直訴が「もう一度合宿に行かせて下さい」だった。
同じ会社が主催する合宿に、三年前にも一度わたしは参加している。
幹部養成のセミナーで、このときわたしは最年少の参加者だった。周りは社長さんや、部長さんばかりで、わたしひとり場違いなぐらいに年齢が離れていた。最年少だということで、初日の講義終わりの飲み会で乾杯の音頭に指名された。当然のようにひと言のスピーチを求められ、わたしが口にしたのは「社長に会いたくなりました」だった。それは素直な気持ちだった。
わたしのスピーチは最終日まで参加者の間でちょっとしたネタにされ、毎日の講義が終わると「きょうは誰に会いたくなった?」と尋ねられた。「初日が社長で、二日目が先輩で、三日目が後輩で」と真面目に応えていたわたしに対し、「最終日は彼女に会いたくなったって言うんだろ」と言ったのはHONDAの下請け会社の工場長だった。このときわたしに付き合っていた女性がいたかどうか、正確には思い出せない。思い出す必要もないのだろう。

きょう、明日から合宿に行くということで、いろんなひとに声をかけられた。「頑張って」だとか「いってらっしゃい」だとか「気をつけて」とか、まぁ、だいたいはそんな言葉だ。
ただ1人社長だけが、違うことを言った。
彼は帰り際、わたしに手を差し出してこう言ったのだ。

「また逢おうな」

写真は3年前、合宿に向かう道中撮影した写真。
廃墟だったこの風車レストランは、どうも営業を再開したという話である。
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【677/1973】
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by tabijitaku | 2009-06-08 23:24 | 私が私であるための1973枚

信号待ち

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車のフロントガラスの前を少女が横切った。
梅雨が始まる頃には、雨の匂いに夏が混じり始める。
少女が乗っていたあの乗り物の名前は何て言うんだっけ?と考えていたら、信号が赤から青に変わった。

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【676/1973】
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by tabijitaku | 2009-06-06 00:50 | 私が私であるための1973枚(絵)


中庭、それは外。でも内側


by tabijitaku

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