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スケール

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スケールが小せぇなぁ(垂れ幕の)

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スケールがでけぇなぁ(5Lって…)
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by tabijitaku | 2010-10-31 21:51 | 私が私であるための1973枚

「ノルウェイの森」の冒頭を読み返したような

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来月、中学時代の同窓会がある。
マンモス校だったから、生徒の人数も多かった。最も多いときで1学年11クラスぐらいあったと思う。
その中学は近隣の複数の小学校を卒業した生徒が通っており、だから入学式で初対面する生徒が大勢いた。
そのうえ途中から分校になったりもしたので、誰といつどこで一緒のクラスだったのか、記憶がかなりぼんやりしている。

同じクラスだったひと。
同じ部活だったひと。
好きだったひと。
嫌いだったひと。
忘れているひと。
忘れられないひと。

中学時代の同窓会開催の通知が届いたのは確か春先のことで、半年以上先のことなんて、と思いながら私は返信ハガキの「たぶん出席」にマルを付けた。

中学時代の友人でいまも連絡を取り合っているひとは、とうとういなくなってしまった。最近まで賀状のやりとりをしているひとがいたが、その彼から突然ハガキが届かなくなって数年立つ。
電話をすればまだ繋がるかもしれないが、相手が電話されることを望んでいるのか、あるいは電話に出られる状況にあるのかを考えると、どうしても躊躇してしまう。

そんな私でももう一度会ってみたいな、と思うひとがいる。

彼は同じクラスにいた飛び抜けた秀才だった。秀才はどこのクラスにもいたし、休み時間に塾の宿題をやっている生徒もいたけど、彼の場合、勉強はできたが、その勉強を必死にやっている素振りはまるでなかった。実際のところは分からないが、彼はそういうがむしゃらさを周りに一切見せない男だった。まるでクイズダービーのはらたいらみたいに淡々としていて、だけど、どの教科のテストでも常に満点かそれに近い数字を取っていた。
何ら根拠の無い私的統計データではあるが、秀才は意外と字が下手だと思う。
虫がノタウチ回っているような字を書いたりする。
彼も例外でなく字はうまく無かった。ただ、彼は字を書くときも何だか脱力していた。彼の書く字は全て右下がりだった。
実は私も中学時代の成績はかなりよく、当時は生徒のテストの点数を教師が平然と口外し、高得点の者から答案用紙を返すなんてことは日常だったのだけど、つまり彼は私よりもいつも答案容姿を先に返されていたのだった。
けして私と彼は親しくしていたわけではなかったが、学生時代、私に最も影響を与えたクラスメートは彼だったと、いまにして思う。
滅多に無いことではあったが、私が彼より先に答案用紙を返されることもあり、そんなとき私はドギマギして彼の様子を横目で見るのだが、彼は顔色ひとつ変えずに90点台の答案用紙を受け取るのだった。
勉強以外での彼についての小さな想い出もある。
あれは給食の時間だった。給食の時間は6人の生徒が机を寄せ合って、「島」を作って一緒に食べる。あるとき私の隣にいた女生徒が鞄から「何か」を落とし、それに気づいて慌てて鞄にしまった。そして私に「見た?」と聞くのだ。私は実のところ彼女が何かを落としたのは気づいたが何を落としたのかは、全く見ていなかった。だから正直に「見てない」と答えのだが、彼女は「ウソだ、絶対見た」と繰り返す。私が「見てない」と言えば言うほど、彼女の動揺は増すようだった。そのとき秀才は斜向かいの席に座っていて、私と彼女のやりとりをずっと見ていた。私はふと、この秀才は彼女が何を落としたのか知っている気がした。だから「君は見たの?」と聞いてしまった。
「…見てないけど分かるよ」
彼の返事を聞くと、その彼女は顔を赤くしてそれ以上何も言わなかった。
いま思うと、デリカシーに欠ける話だが、当時の私には見てもいないものが分かる彼がホームズのように思えた。
彼は政治家か官僚になる、そう思っていた。

社会人になるまで考えたこともなかったが、思い返すと子供の頃、私の傍にはいわゆる番格を張るような腕っ節の強い友人がいることが多かった。こちらから近づいた記憶もへつらったつもりも無いのだけど、小学校の頃ならガキ大将、中学のときだと不良と呼ばれる生徒達である。
いまの勤務先の社長も典型的なその手のタイプで、ある種の星の巡りでナンバー1と縁ができやすいタイプなのだと今では自覚している。
その友人は、ダブダブのタック入りの制服を履き、もちろん禁止されていた整髪料をベッタリつけ、実に正確に毎日決まった時間に遅刻して登校した。
彼は憶えていないだろうが、私は彼と最初の会話を憶えている。
彼が校門の前で下級生を泣かしていたのだ。
みんな彼を避けていく。彼は見た目こそそんなにゴツくはなかったが、目付きは鋭く威圧感はあった。
「こんなところで喧嘩していると先生が来るよ」
私はそんなことを口にしたはずだ。なぜ不良相手にそんな無駄な干渉をしようと思ったのかは謎だ。
彼は私を見ると「いいんだよ、コイツ俺の弟だから」と答えた。
そして彼は自分の弟に「メソメソ泣いてるんじゃねーよ」と怒鳴った。

やがて、彼とは同じクラスになった。彼は教師の計らいでいちばん前の席に座らされ、そこは私のすぐ前の席だった。始業時間は決まって空席だった。そして登校すると、彼はいつも担任の女性教師に連れられ、整髪料を落とすために洗髪に連れて行かれるのだった。
毎日、彼の髪を洗い続けた教師も凄いが、どうせすぐに洗い落とされると分かっていながら、それでも毎朝キッチリ髪をセットしてくる彼も、ブレない男だった。
その不良が女性教師の誕生日に花を送ったことを私は知っている。彼が私にこう教えてくれたからだ。
「アイツ、いつも水で洗うのに、今朝はお湯で洗ってくれたよ」

彼はなぜかよく私に話しかけた。こんなやりとりを憶えている。
「俺、正直言うと九九もわかんねーだわ」
「教えてやろうか?」
「…いや、いいわ」

私は彼に一度だけ殴られたことがある。なんで殴られたかも憶えているし、それは私が悪かったのだ。彼を私がある女生徒とのことで冷やかしたからだ。
だから、喧嘩にはならなかった。後腐れもなかった。
彼は教室では私によく話しかけてきたが、教室外では彼のグループに私を巻き込もうとはしなかった。
何かの折に「困ったことがあったら言えよ」と言ってもらった記憶がある。
彼はヤクザになるか、早く結婚してマイホームパパになるような気がした。

同じクラスに学年有数の不良が明らかに一目置いている生徒がいた。不良ではなかったが、腕っ節が滅法強く、男気もある彼が番格にならない理由は当時はよく分からなかったが、彼の存在は何というか「不敵」という言葉がピッタリだった。
私が中学のある時期いちばん会話をしたのは彼だったと思う。当時の男子というのは「強い奴」とコンビを組みたい、という願望が少なからずあって、私はこの彼と親しく話しているときに、ハッキリとそれと分かる他の男子生徒からの自分に対する嫉妬のようなものを感じたことがあった。

あるとき私が「シャーロック・ホームズとアルセーヌ・ルパンが対決したことがあるんだよ」と話したら、彼が食いついてきてその本を是非読みたいと言い出した。
怪盗ルパンシリーズを薦めたら、彼はしばらくそれにハマっていた。奇岩城とか813だ。
彼は読んだ本の感想をわたしに熱心に語るのだけど、正直私はそれが面白かったのは憶えていても、詳細は忘れてしまっていたので彼の会話に付き合うのが億劫だった。

実は私は「き」が上手に発音できない。そのことを指摘したのは彼で、よくカラカワれた。わたしは「キツツキ」が上手く言えないのだ。しかしその後の人生でこのことを誰にも指摘されたことが無いので、彼はよく気が付いたなと思う。私はテレビや映画で「樹木希林さん」を見るたびに彼を思い出す。

中学3年のとき、彼は私に一度だけある高校の名前を出し「そこじゃダメか?」と訊いてきた。
それは彼が目指していた高校で、私が受験することになっていた進学校とは、かなり偏差値の差があった。
当時は偏差値に見合った学校を選択することは当たり前で、疑問の余地を挟むことはありえなかった。だが、私の人生の中でそれは初めて提示された「Yの字」であったことを私は気づいていた。
人生のパラレルワールドを考えるとき、彼と同じ高校に通っていたら、という想像は何度かした。

一方、その彼の将来は想像もできなかった。事業を起こすぐらいの能力はあったと思うが、そんなの面倒だ、と言いそうな気もするのだ。

今朝、ふとした巡りあわせで中学時代の同級生に会った。
私は失念していたが、彼のほうが私を憶えていてくれた。
渡された名刺には「副作業長」という肩書きが印字されていた。
「来月同窓会があるね」と話したら、「俺は行かないけどね」と彼は笑って答えた。
互いが記憶を手探りで辿るような会話の中、私と彼の「共通項」である友人の名前が上がる。
「アイツはひと刺しちゃったしね」
その“アイツ”は、私にとって忘れられない3人のうちの1人だった。
卒業アルバムをクローゼットから引っ張りだし、彼のフルネームをインターネットで検索したら、生々しく事件の詳細が次々と出てきた。
彼がメッタ刺しにしたのは「中学の同級生」だった。被害者の名前は報じられていない。
今朝再会した同級生も「被害者」の名前は知らなかった。

秀才、不良、不敵

彼らのその後の人生を全く知らないのに、私は中学時代の友人というと、最近まで賀状をやりとりをしていた旧友や、結婚式の案内を送ってきた友人や、大学で再会した友人よりも、彼ら3人を思い出す。
その友人のひとりがひとを刺していま塀の中にいる。
しかしそのことよりも、彼にそのとき殺してやりたいと思う相手がいて、その彼が殺意を持つに至るまでの過程で、逆に相手から何度も殴られていた、というニュースの記事が痛い。
何なんだろう、この収集のつかない感情は?
まるで「ノルウェイの森」の冒頭を読み返したような気分だ。

再会した友人に「お茶も出せなくて」と代わりにコーヒー代を渡そうとしたら、「中学のトモダチからはお金を貰えないよ」と言われた。
別れ際、「野球部だったよね?」と言うと「思い出してくれた?」と言って、彼はトラックを運転して帰っていった。

来月、中学時代の同窓会がある。
私にはどうしても会いたいひとがいる。
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by tabijitaku | 2010-10-30 13:32 | 私が私であるための1973枚

鉄塔の中の家

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鉄塔を撮影する場合、必ずしも鉄塔の正面に立てるとは限らない。
山の上にあったり、谷の間にあったりで、近づくことが不可能な立地もある。

わたしは鉄塔を下から見上げたアングルもとても素敵だと思うけど、オブジェのような鉄塔の全景を写したいと思ったら、あまり近すぎ過ぎてはカメラに収めることができない。

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しかし、それでもやはり鉄塔に近づきたい。
そして近づかなければ気付かなかった発見だってときにはあるのだ。

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by tabijitaku | 2010-10-29 00:13 | 私が私であるための1973枚

歩道橋の上から

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インフルエンザの予防接種を受けに神田に行った際、たまたま見かけたスカイツリー。
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by tabijitaku | 2010-10-28 00:16 | 私が私であるための1973枚

鬼かキティか、リボンか角か

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いま、わたしが最も気になる被写体は鉄塔である。
元よりタワーや風力発電の風車など、でっかくてそびえ立つものが好きだった。
火の見やぐらを観ると、ついつい登ってみたい衝動にかられる。

それにしても鉄塔の種類の多いこと。
凄いな、と思うのは左右非対称のものがあったりすることで、片側だけまるでマタドールが牛を誘うように「腕」が伸びている鉄塔なんてのもある。

もう1つ凄いのが、この「ネコ型」というか「鬼型」というのか、奇妙なオブジェのような鉄塔だ。

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モノクロームで引いて撮ると、「PLUTO」に出てくる巨大ロボットみたいにも見える。

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比喩を続けるとプロレスラーのスタン・ハンセンのお馴染みの「ロングホーン」ポーズにも似てる。
ウィーーー!

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だけど何と言っても面白いのは、耳(角)の部分だけ赤いものがあること。
鉄塔の世界は実に奥が深い。
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by tabijitaku | 2010-10-26 23:50 | 私が私であるための1973枚

カレー焼きそば

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見た目はいまいちなのに、味は絶品のカレー焼きそば。
週末、ぶらりと立ち寄った母校の学食にあったメニュー。
わたしが学生時代には間違いなく無かったメニューだ。
「カレーがおいしくなりました。」という笑ってしまうような貼り紙に誘われて注文した。
濃厚なカレールーが実に麺と絡み合う。
カレーはいわゆる「2日目のカレー」的な味である。
それにしても現役の学生さんに混じって学食で昼飯を食べるのは「コソバユイ」快感だった。
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by tabijitaku | 2010-10-26 00:01 | 私が私であるための1973枚

やりおる。

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これはスパムおむすび。
スパムを一度でも食べたことのあるひとなら、白飯との相性もこの食べやすい「軍艦」スタイルにも、ふむふむと頷けることであろう。
実際、おいしい。
だが、そこには想定外の食感があった。
口に含んだ瞬間、ジューシーなスパムとは全く違う味がした。
酸味だった。
すぐにはワカラナイ。もうひとくち頬張る。
…梅?
スパムと白飯の間に梅肉が練りこんであったのだ。
旨いに違いないという想定に、さらりとプラスアルファしてこちらの想定を裏切る。
コイツ、やりおる。

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趣向を変えて、今度はクイズ形式。
上のモノクロ写真。飲み物をほうに着目してもらいたい。
この飲み物は何か?
レモンティー…ではもちろんない。
柚子か何か、と思った貴方、まだ違う。
飲み物は紅茶ではない。
これはホットアップルジュースである。
りんごジュースをレンジでチンして、そんな味を想定していた私はやっぱりここでもプラスアルファに軽く裏切られた。

プラスアルファ
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by tabijitaku | 2010-10-24 18:49 | 私が私であるための1973枚

さよなら、キャノン

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カメラを買った。
長く使っていたCANONの一眼レフから、再びコンパクトデジカメに戻した。
重いカメラを持ち歩くのに疲れた、というよりは飽きてしまったのかもしれない。
我ながら可愛げがないと思うのは、欲しいカメラを一度も手に取ってみることなく、インターネットで注文していること。
EOS KISSが欲しくて電気屋をあちこち回り、ドキドキしながら10万円近い金額を支払っていたのは何年前のことだったのか。
きょう、新しいカメラで最初の撮影。
最初の1枚は、これまで使っていたCANONを写す。

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秩父の鍾乳洞にでも行って、暗い洞窟内でどれぐらいキレイに写せるものか試してみようと思ったのだが、あちこち寄り道しているうちに、結局辿り付けずに帰ってきた。もちろん足はバイクである。
ファインダーではなく液晶画面を見ながらの撮影に最初戸惑う。感覚的に目ではなく手で撮っている気分だった。照りつける秋の陽射しが眩しく、肝心の液晶画面がよく見えない。
しかし、それが逆に楽しかった。撮れたものを見て「ああ、こんなふうに映るんだ」とイチイチ確かめる。
ススキは太陽を背後にモノクロームで写すとまるで打ち上げ花火のようだった。

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ミニュチュア撮影なるユニークな機能も付いていて、これで本当にミニュチュアを撮ったらどうなるのか?と思い、青梅の昭和幻燈館にも足を伸ばした。

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今月、37才になった記念に1枚。
見知らぬ駐車場で37番を写す。
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by tabijitaku | 2010-10-23 19:55 | 私が私であるための1973枚

全力で引き返す。

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先週、通勤途中の埼玉の道が局地的な大雨で水没した。
パトカーが道を閉鎖するほどの出来事で、一時的な大渋滞が発生していた。

それはニュースでたまに見かける光景だった。
水没して立ち往生している車の映像、わたしにはあれが不思議だった。

なぜ、あんな状況に陥るまで逃げ出すことができなかったのか?
どんな豪雨であろうとも、水かさが10センチメートル増す時間が、車の速度より速いなどということはあり得ないのだから、ドライバーが乗車している車が水没するなど考えられない…そう思っていた。

だが、実際に自分が体験して感じたのは、たぶんあれは「わかっちゃいるのに、戻れなかった」ひとの挙句の果てなのだ。
ふだん、気にしていない道には微妙な傾斜や窪地があり、そこに雨水が一気に貯まるため、目前の道が川になるのは、運転していると一瞬の出来事である。

その時、わたしの30メートル手前では、川と化した道で車が立ち往生していた。
わたしの後方には更に2台の車がいて、行方を見守っていた。
ああ、ここが瀬戸際だと思って、わたしはハザードをたき、クラクションを鳴らし続けて、強引に車をバックさせる合図を送った。
夜の暗い一本道をバックで走るのはしんどかったが、わたしがしつこくクラクションを鳴らし続けたこともあって、後方の2台もバックし始めた。
200メートルほど車をバックさせると、雨水はウソみたいに引いて、車を停車して降りることができた。
後方にいた車の窓から、同じく車を停車させた運転手がこちらを見ていた。
「無理ですね、あれは」とわたしが言うと、彼は「そうですね。ありがとう」と言った。

ダメだ、キケンだ、と思いながら、前に進んで案の定ダメになるということがある。
出来そうで出来ないことは、来た道を全力で引き返すことだった。
全速力で後戻りすることで回避できることは、けっこう多いというのに。
道は後ろにもある。
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by tabijitaku | 2010-10-17 22:01 | 私が私であるための1973枚(絵)

大巨人のジオラマセット

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何か1つ気になりだすと、目に映る光景はけっこう賑やかになる。

空を縦横無尽に走る電線。
左右非対称の鉄塔探し。
雲が素敵に見えるアングル。

リレーのように果てしなく連なる鉄塔の電線を、いったい誰がどのように張り巡らせたのかを考えると、街は全て大巨人のジオラマセットに思えてくる。

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by tabijitaku | 2010-10-11 21:25 | 私が私であるための1973枚


中庭、それは外。でも内側


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