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この日いちばんの青

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目覚めたとき、空の青さに驚いた。
雲ひとつない青の美しさ。
ふと、この空をバックにキリンが撮りたいと思った。
わたしは「青と黄色」のコントラストが好きだ。
結局、キリンを見るために動物園には行かず、代わりに銀杏を撮りに行くことにした。

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銀杏は外側から見るとマスタード色で、内側はまだライム色だった。
他の紅葉と混じり合うとまるで万華鏡のように艶やかだった。

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この日いちばんの青は水の中にあった。

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落ちていた銀杏の葉を1枚浮かべてみたら、その青さはより一層、鮮烈で吸い込まれそうなほどの青だった。
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by tabijitaku | 2010-11-29 06:41 | 私が私であるための1973枚

彼の習慣

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カフェのテーブルは小さい。
新聞を大きく拡げて読むと周囲の客に確実に煙たがられる。
一般サイズの新聞をストレスなく拡げて読もうと思ったら喫茶店で4人掛けのテーブルに1人で座るしかない。
しかし、そのおじさんのやり方は違う。
彼はあらかじめ新聞をキレイにカットしてクリップで束ねてくる。
ちらりと見えたその新聞は1紙だけではないようだ。
普通の朝刊やスポーツ新聞が混ざっていた。
それら全てを新聞紙全体の1/4サイズぐらいに揃えて、レポートに目を通すように小さくなった新聞を読んでいた。
おそらく昨日今日始めたのではない「彼の習慣」なのだろう。
狭いカフェで新聞を読むには極めて合理的で、コーヒーを飲むのにも新聞紙が邪魔にならない。
私はこういうひとが好きだ、と思った。
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by tabijitaku | 2010-11-28 08:58 | 私が私であるための1973枚(絵)

藤原紀香の後ろに江頭2:50

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このところ私が鉄塔ばっかり撮っていたせいか、こんなサイトを教えてくれた方がいる。

ずらりと並んでいる人型鉄塔を見て、ふと子供の頃全校集会などで大勢の生徒が集うときにやった「前へならえ」を思い出した。
「前へならえ」は先頭の生徒だけ両腕を腰にあて、トイ・ストーリーのバズみたいな格好をする。
後続の生徒は全員、両腕を真っ直ぐ前に伸ばす。
等間隔で生徒を配置させるためにあみ出した(?)方法なんだろうが、そもそも腕の長さも各人違うのだから、等間隔では無かったはずなんだけど。
全国区かどうかは知らないが、私の学校には「小さく前へならえ」という方式もあった。この場合、先頭の生徒は片腕だけ腰に当てる。後続の生徒は小さく前に腕を伸ばす。
狭い体育館なので、コンパクトに生徒を等間隔に並べるときに用いした方式だ。
頭に浮かんだ私のイメージでは(あくまでイメージ)、先頭は藤原紀香のモデルポーズで、後ろに江頭2:50がずらりと並んでいる感じだ。
それにしても「前に習え」って教育現場で使う言葉としては、微妙ではないか。卒業証書授与の「以下同文」並によくよく考えると不思議な言葉だ。
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by tabijitaku | 2010-11-27 07:28 | 私が私であるための1973枚

ブラザー軒に行ってきた。

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私はパイオニアのカーナビを使っている。
あまり主張することのない親しい車屋が、カーナビだけはパイオニアのいいものを薦めるので、彼に言われるまま2台続けてパイオニアだ。
ハードディスク付のカーステレオを兼ねているので、既にアルバムにして何十枚の音楽が入っている。
ボリューム18というのが私の普段の設定音量で、これは窓を閉めても外に音が漏れる音量なので、信号待ちのときや家の近くの住宅街では音を下げる。もちろん窓を開けて音楽を鳴らしながら走るようなことはしない。

久しぶりの長距離運転となった週末の東北旅行の目的地は仙台だった。
まず初めてとなる祖母の墓に行った。墓を前にすると、風で本のページがめくれるように、人生がフラッシュバックする気がした。

そして憧れだった仙台東一番町の「ブラザー軒」に足を運んだ。
明治35年にできたという老舗の洋食屋である。いまでは中華メニューも豊富でグルメサイトなどを見ると、焼きそばなんかがむしろオススメだったりする。

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繁華街の真っ只中でそこだけ青アザのように何か暗く沈んでいるような外観とは反し、店内は古さを感じさせる部分も残っているが、小奇麗で洒落た店だった。
ウェイトレスは皆若く、客層はほぼ100%地元民という感じだった。
るるぶやまっぷるには載っていない店なのだ。

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出されたグラスに「BROTEER KEN」の文字。
文字は赤だった。
グラスの中の氷に歌の歌詞を思い出す。

ブラザー軒
作詞菅原克己・作曲高田渡

東一番丁ブラザー軒
硝子簾がキラキラ波うち
あたりいちめん氷を噛む音
死んだ親父が入って来る
死んだ妹を連れて
氷水喰べに
ぼくの脇へ
色あせたメリンスの着物
おできいっぱいつけた妹
ミルクセーキの音にびっくりしながら
細い脛だして
椅子にずり上がる
外は濃藍色のたなばたの夜
太った親父は小さい妹をながめ
満足気に氷を噛み
ひげを拭く。
妹は匙ですくう白い氷のかけら
ぼくも噛む白い氷のかけら
ふたりには声がない
ふたりにはぼくが見えない
親父はひげを拭く
妹は氷をこぼす。
簾はキラキラ
風鈴の音
あたりいちめん氷を噛む音
死者ふたりつれだって帰る、ぼくの前を
小さい妹が先に立ち、親父はゆったりと
東一番丁ブラザー軒
七夕の夜
キラキラ波うつ硝子簾の向うの闇



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わたしは洋食メニューの中からランチコースを注文した。
お世辞でも何でもなく、ブラザー軒の料理はどれも美味しかった。
何か1つを、と言われれば迷うことなく付け合せのマッシュポテトをお勧めしたい。
これを皿いっぱい食べたいとホンキで思った。
ランチコースのデザートとしてはびっくりするようなサイズのケーキとアイスまで出てきて、これで1575円は相当に安い。

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テーブルの上の料理やグラスを撮影していたら、ウェイトレスが来て「よかったらどうぞ。いまはもう作っていないものです」と言ってマッチをくれた。わたしがとても喜んだからだろう。後から爪楊枝も持ってきてくれた。これもいまは作っていないものらしい。
店内の撮影も快く許可してもらえた。

仙台の街はひとで溢れていた。
曇空と銀杏がよく似合う街だ。
車線の多い表通りは混んでいた。
私はせめてこの街を出るまでは、と思って帰りの車の中で「ブラザー軒」をかけた。
ボリュームは18で。
窓を全開にして、わたしは「ブラザー軒」を聴いた。
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by tabijitaku | 2010-11-23 12:43 | 私が私であるための1973枚

鉄塔を見下ろすひと

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by tabijitaku | 2010-11-22 06:45 | 私が私であるための1973枚

嫌いだったんじゃなくて

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1989年卒業時の中学同窓会。
初めての、だから22年ぶりの。
ベビーブーム世代だったと改めて感じる生徒の多さに驚く。

会は既に亡くなっている計4名の恩師と同窓生への30秒間の黙祷から始まり、その後しっとりとした拍手で会場が包まれた。
たったそれだけの時間で「大人になっている」ことを強く感じた。

邂逅というほど大げさなものではないが、「最後」が気まずくなっていた友人にも再会し、驚くほどあっさり握手をしごく自然に話ができた。

私が高校時代、町のコンビニでアルバイトをしていたことは多くのひとが知っていて、だから実はいまだからこそ言える話もあった。
同級生が生理用品を買いにきた話だ。
レジにいた私は「久しぶり」という彼女からの挨拶に目を合わすことができなかった。
「近所で買うアンタが悪い」と隣にいた別の「女子」に突っ込まれて、こんな話までもが笑いになった。

先週、結婚したばかりというある女生徒は、私のことをたくさん見ていた。知っていた。
彼女とは高校も一緒だった。
高校の渡り廊下を歩いて行く私の姿を何度も見ていた、と言われた。
そして私が忘れた「私の夢」を微妙に勘違いしたまま、いまもすごく気にしていた。
「貴方はスペインには行かなったの?」
と言われて、私は彼女の勘違いを正して「スペイン語を勉強しなかったんだ」と伝えた。
彼女は大きなバッグから「ワールドプロレスリング」とでっかく書かれた缶の筆箱を見せた。ずいぶんな年季ものだった。

意外なひとが出席していたり、意外なことに姿を見せなかったひともいたが、会場の至るところでそうした「不在者」の話でも盛り上がった。

その先生は卒業式の日に我々に「君たちのことだからどうせすぐ同窓会とかやるんだろうけど、僕は絶対に呼ばれても行きませんから」と宣言していたと言う。
そして事実、彼は今回出席しなかった。
私にとっては3年生のときの担任の音楽教師だった。
生徒はもちろん、同僚の教師たちとも一線を引く、変わったというより奇妙な先生だった。
ご本人の好き嫌いも、彼に対する好き嫌いもハッキリとしていたと思う。
「金八先生が理想だというなら、僕から言わせれば金八の生徒こそ理想の生徒たちだ。君らこそあんな生徒になってみろ」と平然と言うような先生だった。
映画が好きで、授業で「アマデウス」を観た記憶がある。
それから、なぜかは分からぬがあるとき彼は私を呼び出して手塚治虫の「火の鳥」のアニメ映画を貸してくれた。「あんまり勉強ばっかすると頭がおかしくなるから、これ見なさい」と言われた。
宇宙編だった。
身なりには頓着しない芸術肌の教師で、だから清潔感という言葉とは距離があった。
ある日の給食の時間、おかずのシチューを寸胴鍋からよそう係の生徒が誤って汗だかヨダレだかを鍋の中に垂らしてしまったことがあった。
そういうことには敏感な女生徒が騒ぎ出し、クラスは騒然となった。
そのとき担任の教師は「くだらん」と言って鍋のスープをおタマでぐるぐるにかき回し、自分でスープを配り始めた。
女子生徒の多くはその日、料理に手を付けなかった。
私は少し迷ってから食べた。
その先生の手法が正しかったかどうかは分からぬが、彼が「くだらん」というからには、本当にそう思っていたんだろう。

22年ぶりに会話をした女生徒がいる。
一時期、私の隣に座っていた子だ。
よくしゃべった子だ。というより常に機関銃のように高い声で話しかけてくる印象が残る。
彼女もその教師のことはよく憶えていた。
そして彼に呼び出された日のことを憶えていた。
しかし彼女は「火の鳥」を借りたわけではなかった。

「いいか、このクラスにはお前のことをダイキライな奴がいる。そして彼は生涯、お前のことを好きになることはない。ダイキライなんだからな」

その彼が私だった。

貴方にずっと嫌われてゆく、という重荷を背負わされて私は卒業したんですよ、と彼女は言った。
「むしろずっと嫌われていると思ってたんだけど」と私が言うと、彼女は「なんで全然嫌いじゃなかったよ、なんでなんで?」と逆に聞かれた。

なんでなんで、である。
全く罪つくりなことをしてくれましたね、先生。
勘弁してくださいよ(苦笑)
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by tabijitaku | 2010-11-21 04:48 | 私が私であるための1973枚

出発の歌



久々に車で長距離を走ることになった前の晩、TUTAYAでCDを借り漁った。
5枚でレンタル料1000円のサービスを利用し、更に4枚組のフォークソング集を選んだので都合8枚のアルバムになった。

4枚のフォークソングはタイトルを見ると、私にとってかつてリアルタイムで聴いていた歌ではなく、どれも後からテレビや映画の中で耳にした曲ばかりだった。
ザ・フォーククルセダーズの「悲しくてやりきれない」は映画「パッチギ」で、村下蔵三の「初恋」はテレビCMで。
それから私の好きなラジオ番組「松本人志の放送室」で毎週流れていた(DJの松ちゃんと高須さんにとっての)懐かしい曲のセレクトの中で耳にした名曲もけっこう収録されていた。

一方、全く初めて耳にする曲や歌い手さんも多かった。
上條恒彦&六文銭という名前にも全く見覚えがなかった。

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静かなイントロ、低音の美しい声が聴こえてきたとき、すごく不思議な気持ちがした。
やがてメロディが盛り上がり、サビに差し掛かったとき、思わず車の中で歌っていた。

「さあ、いま銀河の向こうに飛んでゆけ」

この歌知っている、という身体中を血が巡る感覚。
子供の頃見たアニメかなんかの主題歌だったのか、と最初思ったのだけど、合唱曲っぽいので音楽の時間に歌ったことがあるのかもしれない。

そして驚きだったのが、この上條さん。
GOOGLEの画像検索してびっくり。
嗚呼、あなたでしたか!
失礼申し上げました(汗)

「金八っつぁん」

同僚の金八先生を呼ぶ声がとてもとても懐かしい。
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by tabijitaku | 2010-11-17 07:04 | 私の好きな歌

未確認

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それがなんであるかは分からないが、夕焼けの空をそれは優雅に落ちていった。
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by tabijitaku | 2010-11-08 23:36 | 私が私であるための1973枚

UK

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美しい夕日を狙って撮るのは難しい。
場所、時間、気温、湿度、季節、気分、いくつもの条件が揃う必要がある。
あるひとに「夕日が綺麗になる条件って何なんだろう?」と質問したら、質問とは違う答えが返ってきた。
それは「夕日がいちばん美しい場所」だった。
午後4時過ぎにその場所を目指してバイクを走らせたが、結局そこには行かなかった。途中あまりにも寄り道して写真を撮り過ぎたせいで、日が落ちてしまったからだ。
けれども、沈みゆく夕日の追いかけっこは、思いのほか楽しかった。
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by tabijitaku | 2010-11-07 18:18 | 私が私であるための1973枚

涙をとどけて



「バンザイ 〜好きでよかった〜」だとか「ガッツだぜ!!」のウルフルズのイメージが強いので、知らずに聴くと、一瞬「これ誰が歌っているの?」と思ってハッとする。

映画も本も同じなんだろうけど、年相応に、あるいはその「頃」が聴きどきの歌というのがやっぱりあって、私にとって彼の歌は、今だったら背伸びも想像力も使わず、自然に耳から入って体内に染み渡る。

トータス松本の歌詞はとても耳に馴染む。歌詞のフレーズの1つ1つが聴きやすい。
そしてこの詩はすごく情景が浮かぶ。
気持ちが散らかっている様、眠れない夜の焦燥感、涙で洗い流したい衝動、それでも「希望もそれ以上の意地もここにちゃんとある」、それに繰り返し念を押す自分。
この後に及んでとどけたいのは「言葉」でも「愛」でも「夢」でもなく、「涙」だというのが私にはリアルすぎて、ああこのひとは凄いなぁ、と思った。

昨日。ふとした会話の中で勤務先の社長が言ったこと。
「ひとはなんで真っ直ぐ行けないのかな」

バイオリズムなのか、運勢なのか、代わりばんこのように誰かしら調子を崩したり、変な方向に向かうひとが出てくる。会社ってそんな感じだ。
よく分かっている。私にもそういう周期があるし、この年齢になると身近な人間の周期ぐらいはある程度見えてくる。
穏やかにだけは生きられないが、雨の後の池のように、穏やかに戻るときもきっとくる。

最近になって、ようやく年を重ねている自分に実感を持てるようになった。
それは老いているとか、成長しているとかというのも違って、まるで家を建てるように基礎工事が終わったので、柱を1本づつ運んでいる行程のようなもので、ここ数年で私は人生の1階部分を完成させるんだ、という気がしている。誰かと比べるものでもないので、それが遅いか早いか(ま、早くはないけど)は別にして、人生が家つくりだとしたら、その年齢その年齢で、きちんとやっておくことが、後の人生の行程に影響するので、結局真っ当に生きていかなきゃ、って思った次第。

いい歌です。
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by tabijitaku | 2010-11-06 05:14 | 私の好きな歌


中庭、それは外。でも内側


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