その死から一年余り

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たぶん会社勤めをしていると、こんなことも稀にあるのだろう。
昨夜ほぼ面識ゼロの方の通夜に参列した。

「ほぼ」というのは正確には一度会ったことがあるのだが、そのたった1回も葬儀だったのだ。
以前お見かけしたときはその方が喪主で、今回はその方自身の葬儀だった。
これもまた奇妙な巡りあわせという気がする。

昨年12月に入院してから病状は悪化する一方で、越年はできないだろうと言われながらも1月6日まで生き延び、最期の日には多くの親族、知人が駆けつけるのを待つようにして夜8時過ぎに亡くなられたという。

会社としての取引があったこと。とりわけ私の勤務先の社長が懇意にしていたこともあり、「流れ」で私は参列することになった。香典はよく分からなかったので、5千円包んだ。

あろうことかウチの社長が葬儀委員長を頼まれてしまったため、参列者の焼香が始まるまでの数十分間を私は「誰も知らない」、「誰にも知られていない」別室で一応、神妙な顔をして立っていた。

年を重ねるということはこうした冠婚葬祭の場がある種の同窓会的な場になるようだ。

そこかしこで「しばらくです」「変わりませんね」「いま、どちらに?」などという会話が聞こえてくる。

実は通夜の前々日にも私はご遺体を安置してある部屋で故人と対面している。

このときは雑用で社長に呼び出されたわけだが、そこには喪主、親族、故人を見送った親友の方しかおらず、その中に混ざって、私はなぜか出前の中華を食べることになった。

兄が亡くなってから何も食べていない、と言った妹さんは後から思い出したように「あ、朝うまい棒食べたわ」と言った。
「何味?」と別な方が訊く。
故人の双子の甥子さん達は、注文した中華を二人で半分づつ食べていた。

「伯父さんの顔に眼鏡かけていい?眼鏡かけてない伯父さんは伯父さんっぽくないよ」
「でも伯父さんだって寝ているときは眼鏡かけてないでしょ」
「あ、そうだね」

ひとが亡くなることは哀しいが、本当に喜怒哀楽の全てがそこには生まれると思う。
故人と小学校からの友人だという方は、学生時代彼に「部屋」を貸したという。
「アパートの鍵貸します、てヤツですよ。あいつが彼女をウチの部屋に連れ込んでね」
その一方で故人は2人の甥子さんからいつか「部屋を貸してくれ」と言われたらどうしようか、と友人に相談していたらしい。

身近な死という非日常的な出来事のように思えて、実は日常の中に寄り添うように存在する。
アンが亡くなったときもそうだった。

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アンは一昨年の大晦日に実家で死んだ飼い犬である。
毎年暮れは旅行に出かけていた私は、10年以上前に実家を出てから初めて大晦日に実家を訪ねた。
元々、犬を飼いたいと強固に言い続けたのは私で、そのアンの死に実家を離れた3人兄弟でただひとり居合わせたのも、不思議な巡りあわせだと思う。

アンの正式な名前は杏子(あんず)で、これは私の命名だった。
しかし、家族全員がアンと略称で呼びつづけたせいで、かなり早い段階でアンという名前が定着してしまった。

アンは静かに息を引き取った。
同じ部屋に父と母、そして私がいながら誰にも気付かせずに静かに逝った。
それでも母は「微かに息をしていると思う」と言っていたが、ティッシュペーパーを口の前に当てて息をしていないことを確かめると、もう何も言わなかった。
死は残酷なぐらい明らかだった。
独特の臭いが漂うのだ。

私はタウンページで調べて火葬業者を手配し、号泣する父と母に「供養だから」と言って、寿司の出前を提案をした。
寿司屋のメニューを拡げると、泣いていた母が「お母さんは鉄火丼でいい」と言った。
父と私はは特上チラシを頼んだ。

死はこんなふうに日常の中で入りこんできた。

アンの死を実家を出た2人の弟に伝え、アンの親犬を飼っていた伯母にも電話した。
伯母は元気なひとだが高齢ゆえに耳が遠い。

私は電話で何度も同じ言葉を繰り返すハメになった。強く、ゆっくりと、繰り返した。

「アンが・死に・ました」
「アンが・死に・ました」
「アンが・死に・ました」

何回も繰り返した結果、それはようやく伯母に伝わったが、私はその間、自分自身の声をずっと聴き続けることで、アンの死を実感した。

それがちょうど今から1年ぐらい前の話で、昨日の通夜の待合室で、「誰も知らない」「誰にも知られていない」別室で、私はすることもないので、漠然と考え事をしていたら、アンのことを想い出してしまった。
哀しいのではなく、あえて感情の分類するならば、それは懐かしいというキモチに近い。
こういうふうに想い出の引出しは、時折開くものなのだろう。

故人の冥福を祈りたい。
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# by tabijitaku | 2011-01-10 19:07 | 私が私であるための1973枚


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