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喘息フォークソング

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この革の靴クリームみたいな形状に見覚えのある方は、おそらくわたしと同じ持病があるか、あるいは近しいひとにそういう方がいらっしゃるのだろう。

わたしが自分が喘息持ちだと知ったのは、ずいぶん大人になってからのことで、子供の時分は気づいてなかったので、常備薬もなければ、マラソン大会を休んだこともなかった。

ただ、忘れた頃にやってくる突然の発作は、あれがただの風邪ではなかったんだとわかって妙に納得できた。

詳しい知識はまるでないので他の方がどうかは知らないけど、わたしの場合、2年か3年に一度発作がくる。
最初は「コン、コン」という咳から始まり、それが「ゲホ、ゲホ」になり、涙を伴うほどの連続する咳となって、最後には吐く。
風邪の咳とはまるで違って、知らない方には大げさに聞こえるかもしれないが、ひとつ咳をするたびに、肋骨にヒビが入ってゆくような感じがする。
あるいは肺に穴が開いているんじゃないか、て思うぐらいヒューヒューと息が口から漏れる。

いちばん辛いのは夜、眠れないこと。
喘息の咳は不思議なことに、身体を横にすると激しさを増す。
俯せでも仰向けでも、横を向いてもそれは同じで、身体を寝かせることができない。
身体を起こすと楽になるので、夜眠れないときは毛布を身体に巻いて体育座りをして寝る。
わたしはこの年まで幸運にも大病も大きな怪我もなかったので、「死ぬほど辛い」肉体的経験をしたことはないけど、喘息の発作で呼吸困難になったとき「いっそ殺してくれ」と思ったことはあった。

夜、深い眠りがとれないことで体力はどんどん低下する。
昼間、普通に椅子に座っているときや歩いているときは、ウソみたいに咳が止まるので、一見ただの寝不足に見える。
喘息だ、という自覚症状がなかった少年時代はこれで随分苦しんだ。
つまり、昼間は平気なので、学校を休むこともなければ、体育の授業にも部活にも参加することになる。わたしは小中学校時代を通して、祖父の葬儀以外で学校を休んだことがなかった。

夏場の喘息にはもうひとつ大きな天敵がある。
「冷房」
この一週間わたしはずっとマスクをつけて出社した。
真夏日を記録した先週、事務所ではガンガンにエアコンが効いていた。

いったん咳が出始めると、もう止まらない。
トイレに駆け込むわたしを見てさすがにおかしいと思ったのか、社長が咳止めシロップを探し始めた。
だから「これは喘息なんです」と話した。
咳止めシロップは効かないんです、と。
わたしはこれまで、ハッキリとこれをひとに打ち明けたことはなかった。
何年かに一度の発作など話す必要はない、という思いが9割。隠していたかったという気持ちも正直、1割ぐらいはあった。

しかし、わたしが思っていた以上に、周囲は喘息というものに理解があった。
社長は「オレの兄貴も喘息だったから」と言い、冷房を止めた社長室を空けてくれてここで仕事するように、と言ってくれた。
わたしの下で働いてくれているパートさんも、息子さんが喘息だという。

今週、わたしは風邪薬と喘息を抑える薬の他に、医者に頼んで睡眠導入剤をもらって毎晩飲んでいた。
風邪のほうは治ったみたいなので、きょう診療所で喘息の薬だけ2週間分もらってきた。
ハチミツがいいらしい、と社長に聞いたので、ハチミツ100%のキャンディも買った。
昔、読んだ中島みゆきさんの本では、(彼女は小児喘息だったらしい)、アレルギー体質を誘発しやすい卵を食べないようにしたら不思議と咳が止まった、なんてことも書いてあった。(あくまで自分の場合はと強く念を押されている)

持病というのは読んでの字のごとく、病を持っているわけで、生きてゆくかぎりこれと付き合ってゆかなければならない。
前述した中島みゆきさんは本の中で、発作の始まりを「せき虫との再会」と書かれている。
確かに眠れぬ夜に、ベッドの上で膝を抱えて体育座りをしていると、たくさんの昔を思い出す。
そしてたくさんの昔の中から、中島みゆきの「タクシードライバー」を繰り返し聴いた。
こんなことでもないと、夜ひとりでフォークソングなんて聴かないからなぁ。
by tabijitaku | 2007-05-27 00:53 | 雑文


中庭、それは外。でも内側


by tabijitaku

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