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エッピーバリアは無敵の印

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リバーサイドなんて洒落たものではなかったが、わたしが育った団地の目の前には川が流れていた。川と言っても水遊びができるような澄んだ水でもなく、ザリガニやメダカが泳いでいるような川でもなかった。
だけど河原で遊んだことはある。
橋の下にいるとどこか秘密基地みたいでワクワクしたし、背丈の長い河原の草のなかではカマキリが捕れた。

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いま、わたしの暮らす街は都心ではないが、田舎というわけでもないと思う。
バイクで30分走れば都心にあるものも、田舎で見かけるものにも出会うことができる。
複合映画館、百貨店、雑木林、火の見やぐら、無人野菜販売、高圧電線の鉄塔、そして河原。
昨日、紅葉の写真を撮りに隣町までバイクで走った。
隣町には川が流れている。
金八先生が歩いてくるような土手から、川を泳ぐ鴨をぼんやりと眺めた。

ふと子どもの頃の記憶が甦る。
川の側面に排水口があった。
直径1メートルぐらいだっただろうか、大きな穴が開いていてそれは子どもなら入れるぐらいの大きさだった。
その穴を潜っていた男の子が、そのまま戻らなかったというある種の都市伝説。
排水口に子どもを近づかせないための大人の策だったのかもしれないし、実際にそういう事故があったとしても不思議はない。
何しろ穴は子どもたちにとって魅力的だったから。

河原で思い出したことがもうひとつ。
わたしは小学校5年生のとき、東京から埼玉に引越したが、埼玉でも学校の裏に川が流れていた。
あるとき友達が川のなかにある大きな岩の上にヒキガエルを発見した。
私たちは川の柵の外にいた。
岩までの距離は7、8メートルはあったはずだ。
ピクリとも動かないカエルを脅そうということになり、私たちはカエルに向かって石を投げた。
子ども特有の無邪気な残虐さだった。
わたしはけして運動が得意でもなく、野球も下手だった。
しかし、そのときわたしの投げた最初の石は、吸い寄せられるようにしてヒキガエルに直撃し、カエルは水の中に消えていった。
「すごいじゃん」と友達は言った。
「うん、当たったね」とわたしは答えた。
幼い頃、カエルに爆竹をしかけたことも、蟻の行列をわざと踏みつぶしたこともなかったわたしは、小学5年生にもなってヒキガエルを殺してしまったたことをいまだに忘れられずにいる。

古い記憶というのはまるで天袋にしまったアルバムみたいで、1つを取り出すと雪崩のように他の思い出までこぼれ落ちてくるようだ。
わたしは唐突に子どもの頃のおまじないを思い出していた。
あのとき「タンマ」と言えば、時間は止まってくれた。
鬼ごっこの最中でもケンカの途中でもタイムがかかった。
「バリア」と言えば、どんなバイ菌も効かない仕組みだった。
語源はまったくわからないけど、わたしが子どもの頃、「エッピーバリア」と言う流行文句もあった。
男の子は拳を握り、人差し指と中指の間から親指を出す。
女の子は人差し指と中指をクロスする。
これがバリアだった。
この指の形状が男女の性器であったことを知るのは何十年もしてからで、いまを持ってそれがなぜバリアになるのか理解不能である。
でも、それでよかった。
ルールはルールだったし、そのルールがピンチを救ってくれた。
エッピーバリアはスーパーマリオのスターぐらい無敵の印だった。

大人になってからのほうが「ピンチ」が多いのに、「タンマ」も「バリア」もなくなってしまった。
そう言えば以前、弟に「兄ピンチにつき、音求む」という電報のようなメールを送ったら、彼は何かわたしが聴いたことのないような素敵な音楽CDを作って送ってくれた。

神がかり的な効果は失われてしまったが、ふといま声を大にして唱えてみたい気分だ。

「エッピーバリア」

オレハムテキダ!
モウナニモキカナイゾ!
ナニモツージナイゾ!
マケルモンカ!

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by tabijitaku | 2008-11-24 16:32 | 私が私であるための1973枚


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