2010年 05月 30日 ( 1 )

安村事件

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その場所をカーナビに入力したら、到着時刻はわずか24分後と出た。
あまりにも近くて、しかしあえて触れようと思わなければ生涯触れることのなかった場所だろう。
きょう、わたしは国立ハンセン病資料館を訪れた。
松本清張の「砂の器」を読んで以来、どこか心の奥底にひっかかっていた感情とようやく迎い合えた気がした。
ハンセン病ではないが、かつてわたしは廃墟となった隔離病棟に足を運んだことがあり、朽ちた藁のベッドや蔦の絡んだ建物になんとも言えぬ感情を抱いた。
「隔離」という言葉の持つ絶望は、わたしには到底理解することはできないだろう。
ただ、冬にアウシュビッツを訪れたとき、高圧電線の流れる柵の向こう側に果てしなく拡がる雪原を目の当たりにして、この柵はなんて残酷なんだろうと思った。それは絶望を柵で囲っているからじゃない。絶望の中になおかつ柵を作っていることが、だ。

以前、どこかで誰かが言っていた話だが、人間が想像できることは人間がいつか実現できることだそうである。その説でいうと、タイムマシーンやどこでもドアもいつか未来で実現できるることになるわけだが、わたしはこの考え方には実は注釈が必要で、いつか実現できる、というより、実現できないことを人間は証明できない、というほうが正しいのではないか、と思っている。
人間が想像できることは、それが実現しないことを人間自身には証明できない。
ポジティブに言い直すと、実現への希望は必ず残されている、ということだ。

だが、絶望という言葉には0.1%の可能性すら否定してしまう、冷たさがある。

ハンセン病の歴史の中で「安村事件」という史実がある。
隔離された入院患者は当初、結婚が許されていなかったという。
しかし、いくつかの条件付きで婚姻が認可されるようになった。
条件とは断種、中絶である。
しかし悲劇は更に加速する。
本人の承諾のない断種手術に反対を唱えたある患者がいた。
彼は病で両足を失っていた。だから両足とも義足だった。
施設の職員がその義足を奪い、彼を夜の山に置き去りにした。
これが安村事件の概要である。

家族と離れて生涯隔離される人生を国に強いられた男性。
その男性が施設を連れ出される。
両足を奪われ、山奥でひとり何を思っただろう?
生き延びる可能性を限りなくゼロにされた状況で、彼は自由を得た。
絶望という名の自由を。

もしかしたら、人間は想像しうる限りの残酷を実行できる生き物なのかもしれない。
人間を知るは怖い。
だが知らないはもっと怖いのではないか?
そう、思うようになった。

資料館を出る後、わたしは手を洗いたくなった。
実際には手は洗わなかったが、洗いたいと思った自分の気持ちだけは隠しようがない。

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by tabijitaku | 2010-05-30 01:08 | 私が私であるための1973枚


中庭、それは外。でも内側


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